第34話

 よし子はベッドに腰かけたまま、隣に座る大吾の目を見つめる。

「たぶん、このメッセージがあるっていうことは、そういうことなんだ」

大吾は1人でうんうん頷く。

「大吾くんが出した答え?を、聞かせてくれるっていうこと」

「そう、ただ、ちゃんと整理して分かりやすく話せるかな。まさかこんな風になるとは思ってなかったし」

大吾はぶつぶつと言いながら、ベッドの端から腰をあげて室内をうろうろ歩く。

「うん、でも、いいか。ごめんね白雪さん。

まとめきれてないけど、ここまでで思っていたことを話していっていいかな。

気になることがあったら、どんどんつっこんでもらっていいから」

「え、あ、うん。どうぞどうぞ。聞かせて」

ぱたぱたとよし子は両手をふる。

 よし子の許諾を得ると、大吾はゆっくりと歩きながら話し出す。


 なんとなく、起きた時から不思議な感覚はしていた。何に近い感覚か、探すのに時間がかかった。ようやく、近いような例えを閃いた。

「文化祭みたいだなーって」

「え?」

「文化祭当日じゃなくて、前日のピークっていうか。そんな空気。

あ、白雪さんは文化祭何やった?」

大吾の唐突な質問に驚きながらも、よし子は答える。

「今年はたこやき屋さんをやる予定です」

「お、飲食なんだ。俺もアイス屋やったんだけどやっぱり楽しいよね~

うちのクラスは内装もこだわりまくってさ。生徒会から色々と注意されてケンカにもなってさ」

「アイス屋さんですか」

「6月に開催だったから、冷たいものがいいだろうって。

クラスごとの売上コンペとかも絶対に優勝したいって一丸になった。楽しかったな」

 思い出を振り返る大吾の目は遠くを見ている。

「妹がいるんだけど、妹の出店も楽しみなんだよ。兄として文化祭のいろはを教えてあげたいって思うし。

だからさ」

大吾はよし子の前に戻り、顔をぐっと近づけた。

「絶対に生きて帰りたいんだ」


 円形の広間を出て、みんながバラバラに捜索をしていた時、和法が大吾に話していたことがあった。

「白雪さんが瑠偉と壁が崩れた方に行っていた時、聞いたんだ」

 和法は声を潜めることもなく、教えてくれた。誰かに聞かれたとしても、本当のことだし、殺人鬼本人が聞いたとしたらいいゆさぶりになると思っていた。

「佐藤さんは、山の中で殺人鬼を見たと言っていた。ここに来る前は、山中で知らないうちに置き去りにされたとも。

俺もそう言われて少しだけ、焼けた木や、土の匂いを思い出した。

ハッキリとはしないけど、たぶん同じ場所に俺もいたんだと思う」

 大吾はまた室内を徘徊する。


「殺人鬼を見たなんて、とても信じられなかった。でも、あんなに怯えていた。

短時間しか話してないのに、信じようと思えた」

 もしかしたら、教師を手にかけたという共犯意識だったのかもしれない。お互いに目的のために、人を殺めた。あっち側の人間同士の絆と呼べるかもしれない。

「それからは殺人鬼が誰なのかを疑いまくる時間だったよ。正直、みんなを疑うのは神経にきた。ひどく疲れた。でも誰が殺人鬼なのか。見極める必要は絶対だった。

それで、みんなと会った瞬間からあった、違和感の答えが掴めるような気がしたんだ」

「違和感…あ、ごめんね。その前に殺人鬼なんてそんな。

本当にそんな人が私たちの中にいるなんて、信じられないよ」

 よし子がぼすんと、ベッドのスプリングを鳴らす。

「これは、信じてもらうしかないかな。俺の直感というか。

このデスゲームもどきには、殺人鬼が必要だったんだと思う」

「デスゲーム、もどき…」


「あはは!バレちゃってるじゃーん、もどきって」

「ひどいなーこれでもちゃんと用意はしてたんだけどな」

「まぁ、色々と手違いとかハプニングもあったから。しっかりとしたデスゲーム感は薄れてしまったか」

 大吾とよし子の様子を、5人の黒ずくめの男たちはモニタリングしている。

「珈琲どうぞ」

 サブローが持っているトレーからいい香りが漂ってくる。

「わーラスクもある」

「ちょっと糖分も欲しいだろうから」

「さすが、気遣いの鬼」

 サブローもモニターを囲む。

「次は、もどき、と言われないようにしないとね」


「さっき言った文化祭の準備みたいっていう。

実際はじまったら、わーあれが足りない。こんな予定じゃない、みたいなわちゃわちゃが見え隠れしているっていうか。

これも、俺の直感だから確証はないんだけど。

殺人鬼は、デスゲームもどきの切り札だったんじゃないかな」

 下手すれば何も起こらないで時間だけが過ぎる可能性があった。

見知らぬ男女が集まって、見知らぬ指令があっただけで、果たして殺し合いなんてはじまってくれるだろうか。

 流行りの脱出ゲームのように、一種のアトラクションとみなされては困る。みんなでわきあいあいと逃走なんて、最悪の結果ではないか。

 デスゲームをせざるを得ないスパイスとして、殺人鬼エレナが必要だった。エレナは7人殺すという目的があった。拉致監禁状態の男女は、エレナにとっては最高の獲物だったろう。

実際、エレナはよく働いてくれた。


「美島さんはブリーチした金髪が自慢だった。ただ、照明の下で見るとところどころ茶色に変色している部分があって気になったんだ。変色部分は、時間の経過とともに濃くもなっていってたし。

美島さんには見えない部分だったから、本人は気づいていないみたいでしたけど」

「髪色…」

「たぶん、変色部分は返り血なんじゃないかなって思ったんです。

ブリーチして色素が抜けたところに、染料のように血が染み込んでいった」

「そんな…」

「広間にいた時よりも、矢井田さんが大けがをした後には範囲も広がっていた。

あれだけの出血があったから、返り血を一切浴びないなんて不可能だと思うので」

 大吾は断言するような言い方はしない。ただ、自分で感じてきたことを話す。

「仮定だとしても、髪色だけでエレナさんを殺人鬼認定はひどいと思いますよ」

「もちろん、髪色は判断材料の1つです」

 大吾は人差し指を立てて、口元にもっていく。

「美島さんの行動は他にも不自然なところがありました。

螺旋階段を上った後の捜索の時間、美島さんはひっそりと階下にいきました。もうこの時は美島さんを疑っていたんで、こっそり監視していたんです。

きっと佐藤さんの元に行ったんでしょう。

単独行動をしている佐藤さんをひっそり追っていくなんて、殺人鬼っぽいでしょう」

 よし子に丁寧に説明しつつも、ところどころ砕けた口調になる。

「う~ん、それも理由としては弱いというか。

ただ心配になって向かったとも言えますし、もしかしたらお手洗いを探しに行ったのかもしれないです」

「もちろん、これも材料の1つです。ただもっと前から美島さんには違和感があったんです」


「時系列もばらばらで、わかりにくいね」

「まぁ謎解きの主人公気取りで、ロジックの組み立てはぐずぐずってことだろ。

しゃーない」

「名探偵っぽく、丁寧語だしね」

「やっぱりスイッチはいるとそうなるんかな」

「スターの正体は、勘だったとしても当たってるなら結果オーライだね」

 ラスクをぱりぱりと食べて、落ちた砂糖をシローが掃除する。ゴローは早くも2杯目のカップを飲み干している。

「直感も、スキルといえるからね。データだけじゃ判断しきれない時、結局は自分の勘を信じるわけだから」

 外野が多数いることなど知らずに、大吾の謎解きタイムは続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る