第32話

 生まれる前は、瑠偉と2人だけでずっと楽しかった。外の音を聞きながら

誕生する日をきゃっきゃっと待っていた。

 生まれると、両親は自分の様子に驚いたけど分け隔てなく愛してくれた。瑠偉は危なっかしいところがあるから、お姉ちゃんのように色々と教えてあげないとと思った。食べたらダメなもの、行ってはいけないところ、教えてあげたいことはたくさんあった。

 体は一部の機能を瑠偉と共有しているけど、人格は別だった。考え方も感じ方も違う。脳の領域も別らしく、自分が考えたことがそのまま瑠偉に伝わるというわけでもなかった。信号を送ることで、瑠偉に伝わる。


 瑠偉がよちよち歩いて、外に出るようになった時、自分の存在が瑠偉の人生の邪魔をしているんではないかと思うようになった。いや、確信に変わるのは早かったと思う。

 瑠偉には自分の存在をなるだけ隠すようにお願いをした。瑠偉は優しいから、どうしてそんなことを言うのかと悲しんでくれた。

 本当に瑠偉が危険にさらされた時だけ出ようと思った。瑠偉の守護者としての役割。そう決めると、瑠偉にあれこれと口出しをすることをやめた。

怪我をすることも、友達と喧嘩することも成長していくのに必要なことだから。

いつか自分が瑠偉と別れる時がくる、瑠偉が1人でもしっかりと生きていけるように。


 だんだんと瑠偉の外の世界が広がっていって、自分の存在が薄れていくのを感じる。それでいい。何もせず、黙っていれば瑠偉の髪の毛に隠れてほとんど見えないだろう。

 でも今日はずっと瑠偉に忠告をしていた。眠らされた時も、山の中でも、石造りの部屋でも。久しぶりに自分がわーわー騒いで、瑠偉は驚いていた。ひとまずキャップを見つけて自分を隠してもらい、そのあとは瑠偉の感覚を通して色々と考えた。

どうして瑠偉がこんな危険なところにいるのか。このまま無事に出るにはどうしたらいいのか。


 あちこちにおかしいところはあったけど、エレナという女から常に殺気じみたものが出ているのも感じていた。明るく大声で騒いでいる時はこわかった。

でも、エレナは自分を見た時に【瑠偉と2人】だと言ってくれた。自分を1人の人間として数えてくれたのを、不覚にも嬉しいと思ってしまった。

 初めての経験で、ほわほわとしてしまった。だから、対応が遅れたんだ。隈とエレナのせいで、嗅覚が血の匂いでばぐっていたのも原因だろう。


 はぁはぁと息を切らせて、エレナと隈が倒れている通路から逃げ出した瑠偉は、室内で息を整える。

「ねえ、何があったんだろう。エレナ、さんも、隈、さんも、あんな…あんな」

目の前に飛び散った鮮血が再生されて、瑠偉は頭をふった。

「今はここから逃げよう。他の2人と合流できない?」

「よしこ…だいごぉ…」

 瑠偉は食堂にあった水槽の前にいた。水槽の横の壁の一部が隠し扉になっていたのだ。隈はここから通路に入っていった。


 見覚えのある食堂で、瑠偉は少しだけ落ち着いた。

「ここから、さっきの三択扉のところまで戻るってこと?

でもよし子さんたちがどの扉に入ったかわからないよ」

「でも、今はあの2人を探さないと。瑠偉がここに1人でいても助かる可能性はあがらないから」

「うん、わかった」

 すると、食堂の扉が開いた。


「次は調理場のお掃除お掃除ーあれ、あと通路にも2人転がってるんだっけ」

 ゴローがいつものねこ車をおしている。

瑠偉はゴローと目があった。

「あれ、君は」

 瑠偉と同年代くらいのゴローの姿に脱力し、瑠偉はゴローに近寄っていった。救世主に見えたからだ。

「助けてください!気づいたらここにいて。あ、ここの人ですか?お願いです。家に帰りたいんです」

 瑠偉はゴローにひたすら祈り懇願し、ゴローはただただ驚いていた。

「あ、参加者の子だよね」

ふるふると震えて涙をためる瑠偉の姿は、捨てられた子犬のようだった。その可愛さにゴローは簡単にほだされてしまった。


「わかった!ご主人に聞いてみるよーここまで生きられたんだもんね。

頼めばなんとかしてくれると思うよ」

気持ちを落ち着けてあげようと、いや犬を手なずけようと、ゴローが瑠偉の頭をなでようとした時、

「おわっ」

 ゴローの手に、歯形がついた。瑠偉の頭にいる彼女が、ゴローを警戒して噛んだのだ。

「いって~何すんだよ!!!!」

「瑠偉、この人危ない、走って!!!」

 彼女の指示で瑠偉が走り出す前に、ゴローは力任せに瑠偉の頬を張った。瑠偉の目はゴローを捉えていたはずなのに、次に映したのは真後ろの壁だった。

「あ、やりすぎちゃった」

 瑠偉はそのまま膝をついて、床にくずおれた。


「おい!調理場の掃除は後回しだ、食堂にポイントが」

 ジローがゴローに追いつき、食堂に入ってくる。

「あ、ジロー遅いよ。鉢合わせしちゃったじゃん」

「そうみたいだな。で、そいつはもう死んでるように見えるんだが」

「うん、なんか急にかじられてさ。驚いて叩いたらこうなっちゃった。えへへ」

 ゴローは古いおもちゃを壊してしまったような口調で、悪びれる様子もない。

「まぁ、俺たちの姿を見られた時点で、そいつは死ぬしかなかったけどな」

「えーかわいそうだよ。鉢合わせしちゃったのは、こっちサイドのミスだし。

結構かわいかったから、飼おうと思ってご主人に相談しようと思ったんだ。

あ、でも頭の中に顔がある。変わった子だね」

 お気に入りになりかけていた瑠偉を殺したのはゴロー自身だろ、という言葉をジローは飲み込んだ。

掃除する死体が1体増えたため、とっとと進めないといけない。

「調理場の方は俺がするから、ゴローはとっとと死体を片付けろ」

「はーい、通路にも2人転がってるんだっけ。場所が近くて助かるよ」


 あと2人。

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