第30話

 エレナは人を信用しない。だって、自分という人間すら信用できないんだから、どうやって他人を信用することができるのか。

利己的に、上手に生きていくことが大事だ。

信じる、信じないで悩むのは無駄だと思っている。信じられる人間はいない、というのがエレナの中での真理だった。

 馬込という憂いは去った。自分の手で吊るし、きちんと死んだことも確認できた。が、エレナにはまだやらなければいけないことがある。

 馬込を吊った時よりも、さらに時間を巻き戻す。


 エレナは小部屋で目覚める前、火事に見舞われた山にいた時の記憶がある。大吾たちに話せるような内容ではなかったから、記憶がないと嘘をついた。

 学校にいたのは事実、気付くと山にいたのも事実。話さなかったのは、ある指示がエレナにはあったということと、山での行動のすべてについてだ。


 山でエレナが目覚めた時、すでにナイフが手元に置かれていた。そして胸ポケットには紙切れがはいっていた。


《7人殺せば、アナタの願いを何でも叶えます》


 紙切れの裏表を何度も見返す。しげしげと文面を読み返したが、エレナは考えることをやめた。深読みするだけ、無駄だと思ったからだ。

どうして自分にこんなことを言ってきているのか。どうしてこんな山に連れてきたのか。どうしての渋滞解消の方法は簡単だ、考えないこと。

 この紙切れが要求していること、やるべきことは1つ。自分の願いを何でも叶えてくれるなんて、ありがたい話ではないか。

 世の中は弱肉強食なのだ、弱ければ淘汰される。強ければいいんだから。


 手にナイフを握る、グリップの肌馴染みがよい。刀身は20cmもないが、切れ味はよさそうだった。

「さて、そうと決まれば相手を探さないと。7人か~結構多いな」

 自分が人殺しを出来るか出来ないか、という検討もしない。願い事を叶えるために7人殺す必要があるというなら、そうするのみだ。

エレナは獲物を探してふらふらと山の中を進んでいく。


「シロー、ターゲット達の把握は出来てる?」

 イチローが横で緊張した顔でタブレットを見つめているシローに声をかける。

「はい、今回は30人、この山にいるんですよね。

えっと、はい、大丈夫です。多少時間差はありますが、全員動き出しているみたいです」

「そうしたら、しばらくは待機だね」

「はい。でも、うまく選定できるでしょうか」

タブレット上の光る点を追いながら、シローは不安げな声を漏らす。


 山中には、30人の10代男女が運び込まれている。ターゲットたちは無作為に抽出し、この日にあわせてあちこちから連れてきた。そしてランダムに5人の男女の胸ポケットに殺人を促すメモを忍ばせてある。

 他の25人には何の指示もしていない。各自、下山して逃げ出せればそこで終わりとなる。山に連れて来る前の記憶は残らないように寝かせた。

「あんなぺらぺらの紙の指示なんて、なんの信憑性もないですよね。僕なら無視して下山します」

 シローの意見はもっともだ。

「あくまで、普通じゃない子に参加してもらいたいからね。もし1人も事を起こさないのであれば、今回はここで終わり。

また新たに人を連れてきて、普通じゃない子に遭遇するまで続ける。

出来れば今回、スターに現われて欲しいね」

 イチローは優雅に笑う。

「スター、ですか」

 シローは出来るだけそんなスター、殺人者が現われないように願っていた。ご主人のことを思えば、早くスターを見つけて屋敷に連れていき、ゲームスタートさせてあげたいと思う。だが、たった30人の中に謎の紙に従って人を殺して回るような危険人物がいると信じたくない。


 そう思っていると、1つのポイントがもう1つのポイントと接近している。

「あ、あちこちで遭遇しているようです。結構みんなアクティブに動いていますね」

 話している間にも、ポイントの変化は着々と起こっている。

「イチローさん、朗報です。すでにスターが活躍して何名か犠牲になっています」

 スター誕生は予想よりも早かった。

「おお、それはいいね。これでこの後のゲームは続行決定だ」

嬉しそうにイチローは、邸内で準備を進めているメンバーに連絡を入れる。


「そういえば、スターが複数人出たらどうするんですか。指示されていない人達の中でも、覚醒するような人がいるかもしれないですよ」

「その時は、他のゲームに回そうかと思ってる。今回の規模だと、2人以上の殺人鬼がいたら無理ゲーになってあっという間に終わっちゃうだろうからね」

「そうですよね、あ、スターがスターをやったみたいです」

「そういうパターンもあるんだね。これは、誰が残るのか楽しみだね」

 ここまでのタイムスケジュールは完璧に近い状態で進行している。現在のゲーム参加者の選抜も順調と言えるだろう。

 焦げる臭いを感じるまでは。

「なにか、焦げ臭くないかな?」

 ふんふんと鼻を鳴らすイチローに、青ざめたシローが悲鳴のような声で告げる。

「大変です!火事が、おこっちゃったみたいです」


 ゲーム参加者の選抜と山火事の鎮火という大仕事が同時にはしった。想定外の出来事によって、大きく進捗に影響が出たのは言うまでもない。

10数名が炎にまかれた。エレナのような殺人者の手によって亡くなったものも少なくない。下山して脱出したものはいなかった。

 山火事の中、息をしている者たちを邸内へと連れていくのはゴローとジローの仕事だ。

「うっわ、結構燃えてるねー」

ジローがイチローの横にたって、山の下の方を見る。

「鎮火作業の目途がつくまでは、離れられそうにない。サブローと3人でゲームを開始できそうか」

「まぁこの後、いったんあいつらを寝かして色々と小物仕込んだりするし。

うーん、まぁなんとかいけるかな」

 ゴロゴロゴロと音をたてて、ねこ車に人を乗せたゴローが横を通り過ぎる。山の斜面というハンデを一切感じさせない。腕力、脚力ともに頼もしい限りだ。

「ジロー、次で最後だよー」

最後の参加者を迎えに、さっきよりも素早くゴローは斜面をかけていく。


 多少のアクシデントを乗り越えて、ゲームの参加者が確定した。

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