第4章

第27話

 ゴローは空になったねこ車をかつぎながら、足場の悪い階段を軽快にのぼっていく。ジローは後ろをついていく。

和法が殴打され、虚しくうち捨てられている室内にゴローは入っていく。


「えっと、奥の崩れた壁の下のどこかに佐藤はいるな」

 ジローは場所の情報を告げると、室内には入らず階段に腰を下ろした。

「え、ちょっと手伝ってよー」

後ろに向かって恨み言を言うも、ジローが手伝ってくれないことは分かっている。ゴローはジャリジャリと音をたてながら迷わずタイヤを転がしていく。

「俺は俺でやることあるから、そっちは任せる」

 ジローはタブレットの情報更新に忙しい。次のゲーム開始に間に合うかどうか、タイムスケジュールの再設定は神経を使う作業だ。

本当は1人作業部屋に戻って落ちつきたいところだが、ゴローのお目付役も大事な業務だ。

「生きているのはあと4人、いや5人か。巻きでいかないと厳しいなー

お、サブローから連絡来てるぞ。処刑室の2人もおっちんだって。まだまだやることいっぱいだぞー」

 ジローは口角をあげながら、ゴローを煽る。

「えー、まだ佐藤も発見出来てないのにー」

「こっちは予定より早く死んでくれて助かるなーほら、早く行くぞ」

「だから、まだなんだってば。ちょっと瓦礫が多くてさ。

あ、発見した。

お、ジローも見てよー!なかなかに炸裂してるよ!」

 ゴローは新種の虫を発見したかのように、瞳がキラキラとしている。

「これって、あの子だよね、やったの。なかなかな仕事するなー

何回くらい殴るとこうなるのかな、ねーねージロー結構グロいよーねってばー」

 あまりにゴローが呼び続けるので、ジローは室内へと足を踏み入れた。


「まぁ、たしかに、なかなかだな」

 ジローはタブレットで撮影をしてシェアをする。

「ねね、これさ、そのまま置いておいた方がよくない?

最高の小道具になると思うんだよねーそれに掃除するものが1つでも減ると嬉しいし」

 ゴローの提案ももっともだと思った。和法の死体はなかなかショッキングだし、初見の人は恐怖するに違いない。白骨化したとしても、この異様な頭蓋骨の砕けっぷりは一目見ただけで夢に見るレベルだ。

「そうだな、ちょっと聞いてみるか。

お、即レス。他の奴らもこの死体をそのまま活用案に乗るってよ」

「おお!ラッキー。そしたら、もうちゃっちゃと次に行こう」


 ゴローは先ほどよりも軽快な足取りで、ねこ車を担いで階段を下りていった。


 屋敷の裏口で、サブローがイチローを出迎える。

「お疲れ様」

「ただいま、どうだ?進捗は」

「情報は逐一教えてるでしょ」

「やっぱり生の声を大事にしたいからな」

「ふふ、そんなのもう流行らないよ。オンライン上でも生の声を感じるようにならないと。

まぁ、若干時間が押してはいるけどまだリカバリ出来る範疇かな。これから追い込みかけるつもりでいるし」

「サブローの追い込みが控えてるなら、大丈夫だな」


 イチローとサブローが並んで作業部屋に向かう。するとイチローの後ろからシローが素早く出てきて2人に頭を下げる。

「ごめんなさい、ぼくの小道具に問題があったって。帰ってくる途中で対応策は考えてきました。他にも、活かせそうなアイデアがあるので早速用意します」

 頭をあげると、シローは駆けていく。

「凄い、やる気を感じるね」

「うん、頼もしい限り」

「さ、こちらもやることやりましょう。次のチームとの進捗確認してきます」

「了解」

 このゲームはまだ終わりを迎えていない。ただ、次に向けての準備も現在進行形で続いているのだ。


 瑠偉は長く暗い廊下を歩きながら、15年の人生を振り返っていた。ここに来てから、なんとなく過去について思い出すことが多くなっている。

これじゃあ死亡フラグじゃないかと思って、頭から振り払おうとするが無理だった。

 昨日までは友達、家族と平凡な楽しさを謳歌していた気がする。そう、もっと前の記憶も引き出しから取り出してみよう。

 目の前を歩く大吾の背中が見える。この背中を無心で追っていけばいい。脳内で自分史を振り返ることくらいは同時進行出来る。


 瑠偉は生まれた時から一緒に育ってきた女の子のことを思う。

推理が好きで、スイーツが大好き、瑠偉の良き理解者でもある。瑠偉は女の子のことを理解したいと思うが、まだまだ敵わない。女の子の方が何枚も上手だから。


「瑠偉はあぶなっかしいから、守ってあげる」

 女の子の口癖だ。今もまだ言われる。そんなに頼りないだろうか、たしかに体はまだまだ成長途中だけれど。

逆に内面は男前でキリッとしていたいと振る舞っているつもりだった。

「そういうところが、まだお子様なの」

 女の子はピシッと瑠偉の考えを指摘する。瑠偉は反論したりする気にはならない。いつも女の子の言っていることは正しいからだ。


「それに、生まれた時から一緒じゃないわ。生まれる前から一緒だったの、忘れたの?」

 そうだ、と女の子に言われてすぐに思い出す。瑠偉は母親の胎内にいた時の記憶がある。ただ時とともに段々と薄れていくので、定期的に女の子に言われてこうして思い出すまでがセットだ。

「いつも、一緒にいてくれる。とても大事な女の子」

「本当にそう思ってるなら、わたしを隠したりしないでしょ」

「だって、理解のない人達の前で考え無しに紹介はできないよ。またいやな思いはしたくないもん」


 小さい頃、瑠偉が1人で話している様子を見て、気味悪いと感じる人間は少なくなかった。

ぶつぶつと誰かと楽しげに会話しているのだ。時にはケンカをしているような会話もしていた。

大人たちが瑠偉に「どこに話し相手がいるの」と聞いても、「僕と一緒にいるのに、わからないの?変なこと言うんだね」と屈託ない笑顔で答える瑠偉は不気味でしかなかった。

 そして気付くと周囲からは、瑠偉は幽霊や妖精が見えている、幻想妄想が酷いと言われるようになっていて瑠偉は悲しかった。

女の子のことを無闇に人に話してもいいことなんてない、瑠偉は小さいながらにしっかりと胸に刻んだ。


「でも、今は非常事態だから。その時がきたらわたしの言うことを絶対に聞いてね。

瑠偉」

「うん、わかった」

 廊下に風が吹き抜ける。

「ん?何か言ったか」

目の前の大吾が瑠偉に振り返る。瑠偉の独り言が聞こえてしまったようだ。もちろん、即ごまかす。

「え、いや何も言ってないですよ。ちょっと風が強めに吹いてたからじゃないですかね」

「そうだな、寒くはないけど、なんか不気味な風だな」

 瑠偉は答えずに、黙って大吾の後に続いていく。

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