第25話

「早く片付けろよ~まだやること山のようにあるんだから」

「そう思うなら、手伝ってよジロー」

「こっちも現状把握で忙しいんだよ。あ、イチローの方、なんとか目処がついたって。こっちに戻ってこれそう」

「わ、助かる!」

「いや、トラブルも起きてるからそっちの対応に回るだろう。

つ、ま、り、清掃はゴローのお仕事なので頑張ってくれ」

「いや、だから手伝ってよー」


 円形の広間で、黒ずくめの男性2人が業務にあたっている。ゴローと呼ばれる男は、吊された教師の首にかかっている鎖を下ろしたいのに、なかなかうまくいかない。

「これ、どうなってんの。かった。あ、ここにストッパーがあるからか。

えい」

繋がった鎖をとめていた機械のレバーを引くと、がらどん!と音を立てて教師が床にたたきつけられた。

「うわ、骨折れる音しなかった?まぁ死んでるからどうでもいいか」

 右手だけで教師の体を引きずる。細見に見えるが、見た目以上に力持ちのようだ。

部屋の外に置いてあるねこ車にぽいっと無造作に詰む。

「で、床か~まぁ水ぶっかけるだけでいいかな。いっそ異臭とか怪しいシミとかは残しておいた方が味出るもんね」

誰に同意を求めているのか、ねこ車で四肢を好き放題にねじっている教師にだろうか。


 部屋の中央に放置されていた人形をジローは拾い上げる。

「あ~血糊の量間違えてるな~もうちょっと多くてもよかったかもしれん。

あ、落っこちた衝撃でスピーカー壊れちゃってるじゃん。あいつ、適当な仕事してるな。これはエスカレあげとかないと」

ジローは教師が乗っているねこ車に、人形をぶん投げた。

「え、何~?」

 ゴローはバケツの水をざんぶと室内にぶちまけている。

「だから、人形のスピーカーが壊れちゃってたんだよ。あいつらへの最初の指令をおどろおどろしくアナウンスするのがこいつの役目だったのにさ。

保険で手書きメッセージ残しておいて正解だったな」

「あぁ~ボイスメッセージね。

ようこそ諸君!デスゲームのはじまりだ!命と引き換えに道は拓ける!みたいなセリフだったよね。ダサくない?諸君って、なんか古いよね」

 ゴローは適当にブラシがけをする。四角いところは丸く掃除するタイプだ。


「ま、あいつらも先に進めてるから大きな問題ではないが、最初はちゃんと決めないとしまらないよな~」

ジローは手にしたタブレットにメモをとっていく。


 ポン。電子音がして扉が開く。2人と同じ風貌の男が1人入ってくる。

「サブロー、どうした」

「清掃の追加依頼に来たよ」

「わざわざ?」

「調理場に寄ってたから、ついでに来た方が早いと思って」

「あ、サブロー、お疲れー」

「ゴロー、残念だけど清掃場所が追加らしいぞ」

「えーーーー嘘でしょ、今やっとおっさんの清掃終わったんだよー」

ゴローはねこ車を押している。教師の胸元には血糊で汚れた人形が抱かれている。バケツもモップも置かれている。シュールなオブジェのようだった。


「北側2階の倉庫で、1人死んでる。佐藤だ」

「お、もう死んじまったの?俺、あいつはもうちょっと残る方に賭けてたんだけどな」

 ジローは損した金額を脳内電卓でたたいて、がっかりした。

「それは残念だね」

サブローは涼しい顔をしている。2人と唯一違うのは、髪の毛が腰まで長いということくらいだ。

「全然、気持ちがこもってないな。まぁいいや。ほら行くぞ」


 ジローはゴローとともに、和法の清掃へと向かう。

「サブローも手伝ってよー佐藤って結構体でかいよね。重いの確定じゃんー」

「お前にとって重さはそんなに関係ないだろ。あ、それとあと6人は死体が出る予定だぞ」

「うえぇぇそうだった。まだまだあるんだった」

肩を落としながらも、ねこ車はふらつくこともなく進む。

「あ、忘れてない?処刑室の2人のこと。あいつらもそろそろ死んでると思うんだよね。確認しにいかなきゃ」

 サブローのVサイン、神経質そうな細い指だ。指にも人格がでるようだ。

「おう、それじゃあまたあとで」

「うん、連絡は随時」

「またねー」

 ポン。電子音の後、3人は広間を出て行った。


「やっと、火が落ち着きましたね」

「そうだな。乾燥している時期だから正直山が燃え尽きると思った」

黒ずくめの男2人が車で屋敷に向かっている。

「イチロー兄さんがいてくれて助かりました。自分1人だったら、数日対応にかかってたと思います」

「それは、困るな。屋敷でも問題が多発しているらしいから、人手不足が一番困る」

「え、問題多発って大丈夫ですか?」

「向こうには3人いるから、なんとかなるだろ。多少の問題が起こったとしても対応は可能だ。この規模での催し物でてんてこ舞いでは、今後の活動に支障が出る。

それだけは絶対に避けないと」

 暗い道を、車は高速で駆けていく。ここは私有地だから、他の車が通ることはない。シローがバックミラーで背後を見ると、煙がまだ立ち上っているのが見えた。夜でも煙が視認できるんだと知った。

「屋敷に着く頃には、終わってますかね」

「ギリギリだな。トラブルの内容にもよるし、こういうことは予測が難しいから大変だ」

 イチローの眉間にヒビが入る。懸念事項が多すぎて、どんどんヒビが深くなる。

「戻ったらシローはゴローの手伝いだな。死体もそこそこ出てるだろうから、早く回収したい。俺はジローと改善点について相談する。

そういえば、お前が作った人形が欠陥品だったと報告があったぞ」

「え、本当ですか」

「天井からの落下衝撃に、スピーカーが耐えられなかったそうだ」

「えぇ~卵を落としても割れないって噂のスポンジ素材使ったんだけどな。

何重にも綿でくるんだし。あ、でも綿が多すぎると音質に影響が出ると思って緩衝材は少なめをせめたんです。それが良くなかったかな。

あとは、吊る高さを考慮してみます」

 すぐに反省を振り返るゴローの姿に、イチローは目尻が下がった。

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