第23話

 和法はよし子に教えてもらった甲冑の部屋に行く前に、食堂に寄ることにした。正確に言えば、調理場の隈の様子を見ようとしたからだ。

食堂は相変わらず暗い。落ちた天井の方から陽光でも差してくれれば、気持ちも明るくなるのだが。先ほどから窓が1つもないことも、気が滅入る要因だった。

風を感じることも、日を感じることもないと、人間はこんなに短時間で鬱々とするものかと思いながら、和法は調理場への扉を開いた。

「おい、まだ生きてるか~」

 少しだけ茶化した口調で、先ほどまで隈がもたれかかっていた壁を見るが、そこには誰もいなかった。

「おい、どこだ~」

 もしかしたら、自分で歩けるくらいになったのかもしれない。見た目ほど酷い怪我ではなかったのかもしれない。

そう思いながら、調理場を捜索するが隈の姿は見えない。

「こっちもいなくなってるのか」

 和法は、作業台に置かれていた寸胴の中を確認した。

無造作に詰め込まれていた隈の一部が、無くなっている。血は底の方に貯まっているが、腕も腹部もない。

 床を観察すると、すれたような血の跡が食堂に続いていた。

「なんだ、やっぱり歩けるようになったのか」

そう言いながら、血の跡を辿る。

 食堂に戻り、円卓の脇を通り、水槽の前で血の跡は途切れていた。水槽の裏に隠し扉でもあるのかと、水槽を動かそうとしたが無理だった。動かそうとゆすったことで、中の汚水がちゃぷと水面を揺らした。

「ん?」

 黒く濁った水槽の中で、何かが動いた気がする。手を入れて確かめることは嫌だった。何かの感染症になりそうだ。

しばし、水槽の中を睨むが何あ入っているのかは分からずじまいだった。いや、分かりたくなかった気持ちの方が強い。

 隈がこの中に入っていたりしたら?殺人鬼によって追撃され、水槽の中に放り込まれたのかもしれない。いや、まだ隈が死んだと決まっているわけではない。勝手な想像で故人にしては可哀想だ。

和法は、食堂を出た。


 次に和法は円形の広間も確認しようとしたが、電子ロックにより阻まれた。

元々のお目当てだった甲冑の部屋へ向かうことにした。

隈は1人でいる時に襲われた。山の中にいた殺人鬼がどこかに潜んでいて、自分たちを狙っているというのが和法の推理だった。あの殺人鬼は、自分が討ち取るんだという気持ちが大きくなる。

 複数人が監禁状態にされた時、大抵単独行動をとると命が狙われるものだ。殺人鬼と対峙するなら、1人でぷらぷらと邸内をうろつくのが効率的だろう。


 よし子に教えてもらった階段をのぼり、倒れてしまった甲冑をまたぐ。室内は他と変わらず、石で囲まれた、所々崩れ、陰鬱としていた。

ざっと見ると、甲冑以外にも年代物らしき品物がうち捨てられていた。

「本当にお宝があるかもな」

 和法はゆっくりと奥の壁に向かって歩いていく。なるだけ入り口から入ってくる人物を捉えやすい位置がいい。そして向こうからは気付かれにくいようなベスポジを探そう。

床には割れたガラスも散乱して、わずかな光を反射している。


 多分、その時は近く訪れる。和法はちりちりと皮膚に感じる。ほんの数時間前にも感じた感覚か、それともあの教師を吊った時の感覚か。

奥の壁にもたれ、息を潜めると鎖の感触を思い出していた。太く、冷たく、重い。あの教師はほとんど反応を見せなかったが、さすがに自分の体重が首にかかったと気付くと暴れた。

両の手足は自由にならないが、腰をゆすったり頭をぶんぶんと回した。そんなに暴れると首の骨が折れるのが先じゃないかとも感じた。

 記憶の中の、嫌に冷静だった自分を俯瞰で見る。殺人鬼を見たからだ。あんな奴と対峙するには自分も鬼にならないとと決心したからだ。知り合いでもない教師に対しての謝罪の気持ちはなかった。あの教師1人の命で、数人の若者が生き残る方がいいじゃないか。

 誰か天秤もってこいよ。俺は間違っていないだろ。

そんな事を考えている内に教師は事切れていた。違うことを考えていたから、早いとも遅いとも思わなかった。


 すん…す…

 来た。

足を擦って、音がたたないように歩いている奴がいる。殺人鬼に違いない。森でナイフを手に踊るように人を斬っていた奴だ。

大吾たちなら和法がここにいるということは知っているだろう。声をかけるはずだ。

 右手に持っている短刀を握りしめる。この部屋に落ちていた年代物の短剣だ。柄に守られた刀身は、サビついていなかった。これなら充分に殺人鬼に致命傷を負わせることが出来る。

殺人鬼は和法の居場所を把握できていない。なんとかして殺人鬼の隙をつけば刺せる!


 がん!!がららら…がん!!!がん!!!!

 何かがぶつかる音が四方から聞こえる。和法は左右に視線を巡らせる。

ゴロ…カンっ。

足下に落ちてきたのは、甲冑の頭部だった。殺人鬼が投げてきたのか。

 ずず…ずず…

今度は地鳴りのような音と、揺れを感じる。地震のような。

「っっっっ!!」

 声を出さないようにしたが、落ちてきた天井の一部が和法に降ってきた。下半身が瓦礫に埋まってしまった。

「……」

 部屋に入ってきた人物は、黙って和法の方にやってくる。もう和法の居場所はバレてしまっているだろう。

 上等だ、まだ負けていない。隙をついてあいつに短刀は刺せる。上半身は無事なんだ。和法はこの状況を素早く処理して次の手を考える。


「……」

 もう少しで、和法の瞳がその人物を捉えられる距離で影は止まった。そして急に間合いを詰めて飛び上がると、和法の背中に乗った。

「おい、くそ、ふざけるな!下りろ、重いだろ!!!」

 出来るだけ頭を持ち上げて、振り向こうとした瞬間、影がもっていた石が和法の顔面にヒットした。

あとは影が満足するまで、殴打殴打殴打。


 和法の頭部は熟れすぎてはじけたザクロのようになった。息もしていない。

影は満足すると、来た道を戻っていった。

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