第21話

「なんで、こんなことになったの?!とにかく、止血!何か布ないかな?!」

 エレナが調理場の奥に倒れていた隈の手当てをする。左腕を肩から切り落とされ、腹部は大きくえぐられていた。

「これ、使えるか」

 円卓の上にあったテーブルクロスを千切り、即席の止血帯にする。不衛生ではあるが、この屋敷にはまともな備品がないのだ。隈は死の淵に立っている。


 よし子と瑠偉が食堂に戻ってきた時には、他の面々はすでに調理場に揃っていて修羅場っていた。

エレナと和法が隈の横で懸命に手当をしている、大吾は扉のすぐ近くに立っていた。


 作業台の上にあった寸胴には、隈の一部だったパーツが突っ込まれていた。誰かが、誰かの指示を汲んで、人肉を用意したのだ。

 ここには隈を襲った人間がいる。

「隈くん、誰にやられたの?大丈夫、助かるよ~」

 全員がエレナが発する大丈夫の虚しさを感じている。まともな止血も出来ない、血が止まらない。救急隊も呼べないこの状況で、何が大丈夫なんだろうか。ただ、隈の口から犯人は聞き出したいという願いは同じだ。

しかし、隈は弱々しく呼吸するだけで、もう光を見ていない。ぼぉっと遠くを見たまま床に座り込んでいる。


「ねぇ、ミッションクリアしたなら、扉が開いてるんじゃない?さっきの廊下の先見てくる!」

 エレナは手当を終えるなり、この空気から逃げるように調理場を出ていく。冷たいんじゃないかと思うが、このまま隈が弱り続けるのを見守る気にもなれない。今やれることはやったんだと思うしかない。

エレナのいい意味でも悪い意味でも空気を壊す力が今は大事かもしれない。

 大吾は全員の表情を観察しようと目を凝らしていた。


「ねー、こっちのドアあいてるよー!!早く行こう!!」

 エレナの場違いに明るい声が聞こえて、大吾はため息をついた。

「行くか、ほら瑠偉も来い」

「え、でも隈ちゃんが。生きてるんだから!置いていくなんてできないよ」

瑠偉が異を唱えるが、なかば強引に和法が瑠偉を連れて調理場を出る。

「次行くことは決まった。行くぞ」


「さ、白雪さんも行こう。僕たちがなるだけ早くここを出て救急隊を呼ぼう。

このままここにいても、進展はないから。

なるだけ早く出て、すぐに助けを呼ぶことを考えよう」

「…わかった。隈くん、待っててね。早く応援連れてくるから」

ひゅーっと小さい呼気。隈が返事をしたように感じて、よし子は袖で顔を拭った。


 よし子の背に手をそえながら、大吾は調理場を出る。

 これだけの隈の大怪我、犯人は返り血を浴びているはず。それに凶器はどこから?捜索をした時は、何も見つけられなかった。いや、何か見つけても報告しなければいいだけか。

 全員が容疑者、こんな事を考えている俺も立派な容疑者だと大吾は自分に失望していた。どうすべきか、まだ決めかねている。

ひょこひょこと歩いているよし子の足の怪我にも今更気付く。

「それ、どうしたの」

「あ、さっき階段から落ちちゃって。捻挫とかはしてないんだけど、出血だけは派手目で…」

 よし子は恥ずかしそうに俯いた。


 電子ロックがかかっていた扉は、緑のランプで解錠されていることを知らせてくれる。道が繋がったというだけで喜んでしまう。

さっきまで血の匂いが充満した空間で、仲間の1人が酷い怪我を負ったというのに。彼のおかげでこの道が開けたのに。

 扉をあけるとらせん階段があった。


「おぉぉお~らせん階段なんて初めて見たんだけど!

大丈夫かな、サビついてる。これ、いっきに皆で上ったら壊れてザ・エンドってオチかな?!」

 登場の数秒後には、和法はエレナをバカ認定していた。直感だったがやっぱり当たっていたと思う。こんな状況だからわざと明るく振る舞っているのかと思ったが、どうやら違う。

根っからのバカだ。ただのバカならいいが、厄介なタイプのバカだ。思考力がエレナレベルに落ちそうだ。

和法は頭をがしがしと掻きながら、らせん階段に興奮しているエレナに毒づく。

「ジ・エンドな」


「さっき天井や壁が崩れてるとこもあったから、充分気をつけた方がいいと思う」

 瑠偉がらせん階段の強度を調べる。一緒にいたのによし子に怪我させてしまったことを悔いていた。自分がしっかりと前に出て、やれることはやろうという強い意志が目に宿っている。

「それなら、1人ずつ上に上がるのがいいと思う」

「お前が一番に上れよ」

和法がエレナに命令すると、即座にエレナが反論する。

「えーーーやだよ。だってパンツ見えちゃうじゃん。私は最後がいい」

「お前、死人がでてるんだぞ!パンツなんて気にしてる場合じゃないだろ。頭どうなってんだ」

「気にするわよ!」

「こんな暗いんだから、見える訳ねーだろ」

 口論がヒートアップするという時に、大吾が割って入る。


「今、この螺旋階段しか進む道はない。螺旋階段を壊さずにここにいる5人全員が上に行くことが重要。

そうなると、体重の軽い人から順に上るべきだと思う。

でも、最初は俺に行かせて欲しい。先に何があるかわからないから」

 大吾の案に異論を唱える者はいなかった。安全を確保出来る可能性がなるだけ最大になるように。これ以上、誰かが欠けることがないように願うのはみんな一緒だ。


「俺、瑠偉、エレナさん、白雪さん、和法の順でいいよね」

 体重で考えればエレナよりも小柄なよし子の方が軽そうだが、女子同士の体重についてはセンシティブ内容だし、なんとなくエレナを先にしないとまたエレナが文句を言って話が進まなくなると大吾は思ったからだ。

 その意図を察したのか、和法の表情は『ご愁傷様』と語っていた。


 カンカンッと、軽い音をたてながら大吾が螺旋階段を上っていく。下にいる4人はじっと待つ。もしかしたら上で殺人鬼が待ち構えているんじゃないか、階段の踏み板が抜けるんじゃないか、悪い想像ばかりで心拍があがる。互いの心音が聞こえるようだった。

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