第17話
「そろそろ時間だな」
和法の体内時計で10分が経過したようだ。この10分の間、誰も言葉を交わしていない。
和法は大股で教師がいる部屋に近づいていく。
「どうするか、決めたか」
エレナはもう、教師の側で泣いてはいない。
「うん、だいじょうぶ」
教師との別れを覚悟したエレナは、先ほどのパニック状態が嘘のように落ち着いていた。
「この機械、壊れてるのか動かないみたい。直接、ハンドルを回して鎖を巻き取るしかないかなー」
教師を吊るための事前確認までエレナは済ませていた。さすがに和法も驚いたが、ここでエレナの決心をゆらがせるようなうかつな発言はしない。
「じゃあ、やるか。おい、お前らも手伝え」
部屋の中には入ってこず、広間から部屋の様子を伺っている面々に声をかける。
「ちょっと待って、本当にやるの?エレナさんいいの??」
エレナを刺激したくないと思っている和法は、隈の発言に大きく舌打ちする。またエレナにギャン泣きされて抵抗されたら、ここから出られるのがどんどん遠のいてしまう。
「うん、しょうがないよ。早く行動しないと、みんなだってどんどん衰弱しちゃうでしょ。元気が残っているうちに、やろうよ、ほら」
天井の滑車から下がっている鎖を隈に向けて差し出す。
「いや、嫌だよ。絶対にこんなの間違ってる。手伝えるわけないよ」
最後は悲鳴のように叫びながら、隈は後ずさりする。
「意外に協調性ないやつだな」
和法は鎖をしっかり握り、半笑い。
「こういうことは、協調性とは言わないと思うよ」
たしなめながら、大吾はハンドルを掴む。
「意外だな、お前みたいなヒーロータイプは絶対にやらないと思ってた」
「なんだ、それ。…ヒーローじゃないよ。ただ、ここで野垂れ死にたくないだけ。
それに多分だけど、これが主催者からのミッション説っていうのには同意。
それだけ」
教師はほとんど動いていない。何も発していないが、まだ生きている。
「あ、白雪さんと瑠偉は隈と一緒にいていいよ」
どうするべきか判断を決めかねていてるよし子に、大吾は声をかける。
「ごめんなさい」
それだけ言うと、よし子は瑠偉を連れてなるべく部屋から離れる。
「ほら、やっぱりヒーローじゃねぇか」
和法はくつくつと笑った。
「共犯者だね、私たち」
エレナが晴れ晴れとした顔に見えるが、照明の加減かもしれない。
「かけ声とかどうする?やっぱオーエスか?」
「そういう悪ふざけはいらないだろ。」
「ほら、やるよー」
エレナの合図で、鎖を巻き取っていく。少しずつ床で渦巻いていた鎖がなくなっていく。
天井の滑車は揺れながらも、己の役割をこなすべく踏ん張っている。
「あ、ちょっと待って」
エレナが2人を止めて、教師に近づいていく。
「なんだ、やっぱりやめたくなったのか」
エレナは床に放置されていた麻袋をとると、教師の頭に被せる。この部屋に入った時と同じ状態にしたのだ。
何故そんなことをするのかと、2人が思っていると
「苦しむ顔は見たくないでしょ。なるだけ、馬込先生って意識したくないだけ。
これは人形って、思うことにしたの」
袋を被せ終えて元の位置に戻ってきたエレナは、笑顔だった。
ジャラジャラと鎖が引かれる音が響いてくる。
広間にいる隈、よし子、瑠偉は、その音を生んでいる部屋に背を向けていた。耳をふさぐことは、汚れ役を背負ってくれた彼らに対する冒涜だと感じた。
さらに緊張が募っていく。目の前にこれはドッキリだと告げるお調子者の登場を無駄に願っている。
「やっぱり、誰かを犠牲にするなんて間違ってると思うんだ」
隈が口を開く。返事を期待している訳ではない。ただ、自分の心境を吐露しないと苦しさに耐えられなかったのだ。
「こんなの一方的な暴力だと思う。あの先生は聞くことも、話すことも、暴れることも出来ないんだよ。
無抵抗だったんだ。意思表示すら出来ない人を、ころ…犠牲にするなんて」
殺すという言葉をギリギリで飲み込むあたりに、隈の人柄が出ている。彼は優しい。
「でも、代替案が示せなかった。和法くんを納得させる方法も思いつかなかった。
汚れ役を押しつけて逃げてきちゃった。本当、不甲斐ないよ」
大きい体がしぼんで見える。よし子は隈を責める気持ちは一切なかった。この状況では答えを持っている人なんていない。
このまま何もせず朽ちるのを待つのが正しいとは思わない。今が一番元気なんだ。一番動けるんだ。それならやれることはやった方がいいと思う。
「うん、隈くんの言いたいこと、わかる気がする」
「ぼくも、何もできないから。」
隈とよし子と瑠偉は、それきり話さなかった。
規則的だった鎖の音が、いつのまにか聞こえなくなっていた。
ポン。
場違いな電子音が広間に響いた。閉ざされていた赤い扉の電子ロックが解錠されている。直後、バツ印の部屋から3人が出てきた。
部屋で成し遂げたエレナ、和法、大吾。
広間でただ待機していた隈、よし子、瑠偉。
気まずい空気が流れるかと思ったが、ここでもエアークラッシャーとして真っ先に口を開いたのはエレナだった。
「お、扉開いてるじゃ~ん!ほら、早くいこ!」
扉を押し開いて、軽快に出て行く。つい先ほど自分の知り合いを殺したというのに。
「エレナさん、不思議な人だね。恩師がその、亡くなっちゃったばかりなのに」
自分の手で葬ったのに、とは言わずよし子が呟く。あの元気さも、皆に気を遣わせないためだと思うと、胸が苦しくなった。
「大事な恩師、ね」
一同の最後尾にいた大吾が、広間を出ていく。扉は自動で閉まり、電子ロックのランプは赤に変わっていた。
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