第16話

「知り合いなのか?」

 半ば放心しているエレナに、大吾が声をかける。

ハッと意識を戻して、エレナが答える。

「あ、うん、そう。学校の先生。馬込先生。去年、副担任だったの。今年は違うクラスになったけど。でも、どうしてこんなところにいるの」

「その首に巻かれてるの、鎖だよな」

「…」

 するすると頬を伝っていた涙をエレナが拭う。馬込の首にも鎖が巻かれて、彼の足下でとぐろを巻いていた。さらにその先は天井の滑車を通り、入り口近くにある機械に繋がっている。

エレナの視線が鎖を追うように、大吾も鎖を追って終点にある機械を見ていた。


「なに、この鎖」

「分からないけど…」

「けど?…」

 たった二音の言葉が部屋に沈殿する。この部屋にはいった時には誰もが動転していたから、教師の首の鎖には気付かなかった。

さっき、冷静でいなければと戒めたはずなのに、和法はまた奥歯を噛む。こんな程度でぱにくっていては、殺人鬼を葬ることなんて出来ない。


「とにかく、助けないと」

 隈が教師の体にまとわりついている鎖を外そうと、手の動きを再開する。

ガチャガチャと金属音だけが響く。扉の外からよし子が時折顔をのぞかせる。瑠偉の世話をしながらも、やはり室内の様子が気になるようだ。


「なぁ、この袋になんか書いてあるぞ」

教師の救出には一切手をかさない和法の声で一同注目する。

 和法の手には、先ほどまで教師の頭部にかぶされていた麻袋があった。エレナが外して床に放り出していたものを、いつのまにか拾っていたらしい。

「ほんとだ、何か、書いてあるな」

 大吾は和法が持っている麻袋の文字を読み上げた。


《吊れば次の扉があく》


 その文字の意味を理解できなかった。したくなかった、というのが近い。

監禁状態にされている今、

どうやってあの電子ロックを外せるかを捜索している中、

首に鎖が巻かれた男がいて、被っていた袋には『吊ればいい』とある。

 ついさっき、天井から落ちてきた人形もあったじゃないか。ご丁寧に見本として見せてくれたんだ。

 自分たちをこんな状況にして楽しんでいるやつがいる。それは和法が遭遇した殺人鬼なのか、それともまったく別の案件なのか。


 床に置かれた装置はハンドルを回すことで、鎖を巻き取ることが出来そうだ。

「つまり、そのオッサンを吊れってことか?」

和法の言葉に、エレナは目が裂けるほどに広げて唾を飛ばす。

「馬込先生を殺すってこと?!吊れってそういう意味で言ってるの??!!」

「ちょっと考えれば分かるだろ。俺らをここに閉じ込めたやつは、『吊ればいい』って言ってる。でもって吊られる状況に一番近いのはそのオッサンだろ」


「落ち着いてよ、2人とも。そんなのフィクションの世界でしょう。

簡単に人を殺すなんて、そんな選択は馬鹿げてるよ」

「バカって言ったか?!だったらお前、どうすんだよ!このままもたもたしえ飢え死にでもするか?

俺はこのオッサンを吊ることがミッションだと思うぜ」

「ミッションって、だからゲームじゃないんだよ。閉じ込められてる状況も分かってないのに、人を殺すだなんて…」

 和法は燃える山での記憶がある。とんでもない怪物の所業を目の当たりにしている。このあり得ない状況が現実だと誰よりも分かっている。


「いやよ、私は馬込先生を殺すなんて反対!」

「ねぇ、ちょっと、ちょっとだけみんな落ち着こう」

 扉の外からよし子が声をかける。よし子の隣では瑠偉が言い争う声に怯えている。

よし子も恐かったが、瑠偉よりほんの少しだけ年上なんだから頑張らないとと、お姉さん魂を奮い立たせている。


 ほんの数分前に自己紹介をして、どこかこの状況を楽観視していた。それが、異様な教師の登場によりあっけなく崩壊する。

「わかったわかった。いったん頭冷やそうぜ。

チッ、時計もないからな。俺の体感で10分自由時間だ。そしたらどうするか、決める」

 部屋には涙でぐちゃぐちゃになったエレナと、この状況を一切理解していない教師だけが残った。

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