第15話


「それで、どうするんだ?」

 扉に預けていた背中を離して、広間の中央に和法が一歩でる。互いの名前を知れて、呼ぶことには困らなくなったが。

「あっちの扉が出口ぽくない?」

 瑠偉が人差し指を真っ直ぐに向けた先には、小部屋とは違った重々しく赤い両扉があった。ぞろぞろと皆で移動する。

「お、どう見ても出口じゃない?」

真っ先に扉の前についたエレナが扉に手をかけるが、びくともしない。

ガッガッと金属がこすれる音だけがする。


「それは、さっき僕も試してみた。まぁ、開かなかったんだけど」

エレナと同じように、汚れた手のひらを瑠偉がひらひらと振った。

「はぁ?そういうことは先に言ってよ。サビのせいで手がくっさくなったじゃない

あー手洗いたい!」

「扉の鍵なんだけど、多分電子ロックだと思う。ほら、上の部分に機械がついてて赤いランプがついてるでしょ。鍵穴もないから、どこかにロック解除のスイッチなりがあるとは思うんだ。

おれ達がいた部屋も、同じロックだと思う」

 隈がのんびりと意見を述べる。


「じゃあ、いったんこのあたりを探してみようか。そんなに物もないからすぐに終わりそうだけど」

「り」

大吾の提案に応えるエレナの間の抜けた返事がした途端、

ブッ、びたん!!!!ともの凄い音をたてて上から床に何かが落っこちてきた。瑠偉が気にしていた人形だ。

 材質がわからなかったが、先ほどの酷い音からしてそれなりの重量があったに違いない。

「「わっっ」」

「ぎゃ」

 部屋の中央に、四肢をぐねらせた人形が倒れている。

「なに、これ」

エレナが人形が下がっていたであろう天井を見上げる。

「全然気付きませんでした。お人形が落っこちてくるなんて」


 お人形、という呼び方は適していないと和法は冷静に検証にはいった。ぐちゃぐちゃの赤い毛糸が髪を模している。赤いボタンが目のかわりだ。あちこち破けてボロボロだ。

何より和法をゾッとさせたのは、血糊がわざわざ仕掛けてあったことだ。落下の衝撃でざんぶと出血している。

「ほら、見ろよ。この悪趣味っぷり」

人形の頭をむんずと掴んで、背後に放り投げる。

「きゃ、ちょっとやめてよ。うーわ、なに、これ」

 エレナがつま先で、人形をつつく。

「不気味ですね」

「なんで急に落ちてきたんでしょう」

「ん、なんかプラカードみたいなの提げてるな」

 大吾が書かれている文字を読み上げる。


《これは見本》


「どういう意味だ?」

「なんか、嫌な予感がします」

よし子は瑠偉の手を握って、人形からまた一歩距離をとった。


「あれ、なんかあそこ緑ランプついてない?」

エレナの声に促され、全員が赤い扉とは正反対の方を見る。そこにも両開きの赤い扉があった。

 ただ違うのは、その扉には黒いペンキでバツ印が大きく描かれている。瑠偉が1人で部屋を捜索していた際も、この扉を開けることは出来なかった。

ただ露骨にバツが書かれてあれば出口ではないだろうと、瑠偉のメモリーから無意識的に削除されていたのだ。


「ほんとだ。いつの間に」

「怪しさ満点だな」

 訝る隈と和法の言うことなどお構いなく、エレナが軽快にヒールを鳴らしながら、バツ印の扉に手をかける。

ぎぃぎゅいぃぃぃぃ……

不快な音をたてながら、扉が内側に開いていった。


「え、開いたんだけど。マジ?w」

 あまりにあっさりと、扉が開いていく。部屋はとても明るく、その光は広間内にすーっと差していく。


 なんなく開いた扉に5人があっけにとられている中、エレナは扉を最後まで押し開けようとして、

「あぁああああああ!!!先生!!大丈夫??!!!」

エレナは叫びながら部屋の中に消えていった。その声にハッとして5人はダッシュで駆けつける。


 開かれた小部屋は、6人が最初にいれられていた小部屋と比べて倍以上の広さがあった。エレナを追いかけた5人が室内に入ってもまだまだ余裕がある。

 エレナが先生と声をかける男は、扉に背を向けて正座をしていた。上半身は裸にされて頭には麻袋をかぶせられている。両手は後ろ手で鎖に縛られて、両足は太ももとすねをがっちりとまとめられている。幾重にも鎖で拘束されて痛々しかった。


「先生、平気??とってあげる、助けてあげるから待って」

 エレナは男に懸命に声をかけ続けながら、彼を拘束している鎖をほどこうと、ネイルを一生懸命に鎖の継ぎ目にねじ込む。

「ちょっと、見てないで早く手伝ってよ!!!!」

エレナの怒号で、隈と大吾が手伝う。鎖を素手で壊せる訳がない。しかし、『無理だ、諦めよう』とエレナの前で発言できる空気ではなかった。

 カチャカチャ、カチャンカチャ。


 エレナは手足の鎖を2人に任せ、男の頭にかぶせられている麻袋を外すことを優先させた。先ほどから男は一切声をあげないが、体にはきちんと体温を感じる。死んではいない。

 きっと麻袋で視界がふさがれているから黙っているんだ。

「先生、頭の袋とりますね。眩しくなりますよ」

 エレナは男の前に回り込み、視線の位置をあわせるように跪く。髪の毛を巻き込まないように注意しながら、袋を上にずらしていく。


 エレナ達が部屋に入ってから、男が一切の反応を見せない理由が分かった。

 まぶたは太い糸で縫い付けられているが、眼球の膨らみを感じない。眼球が無いかのように落ち窪んでいる。頬には目からの出血が乾いた跡があった。

 口内にも何かを詰められて頬がパンパンになっているが、唇はまぶたと同様に太い糸で縫われている。喉にも一文字に切られた跡があり、太い糸で雑に縫われている。まだ完全に止血出来ていないのか、じんわりと血が滲んでいる。

 両耳からも出血の跡があった。耳の奥を確認することは出来ないが、何かの外傷を負ったことは間違いなかった。

 視力、聴力が遮断されて、声を出す手段も奪われていたのだ。


「せん、せ…だいじょ、うぶ??」

 何も反応しない男。

正面から見ているエレナの顔も強張る。意識したことのない表情筋が勝手に痙攣を始める。

 男の異様な頭部の状況に、隈も大吾も手をとめて釘付けになっている。

よし子も、瑠偉も、和法も、異様な光景を見下ろして固まっている。瑠偉が口元を抑えて部屋から出て行く。よし子は瑠偉を追いかけて部屋を出て行く。


 男の頭部をさらしてから、血の臭いがこの部屋にはうっすらと漂っている。

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