第8話
剣崎大吾(けんざき だいご)は、先ほどから明滅しているカンテラの光をぼんやりと見ていた。石の床に大の字に寝て、まっすぐ正面を見るだけで、カンテラの光は目に入る。不規則にジジジ、ジジジと唸っているカンテラは、職務を全うするために光を届けようとしてくれる。
大吾は17歳の誕生日を妹の真穂が祝ってくれると、今朝学校に向かう前の玄関で伝えられてほくほくだった。溺愛している妹、こんなに自分の誕生日が嬉しい男子高校生がいるだろうか。
プレゼントは何をもらっても嬉しいし、きっと手作りの料理もしこたま作ってくれるに違いない。今日は部活もないから、音速を超える勢いで家に帰ろうと思っていた。
それなのに、今は見覚えのない狭い部屋で横臥している。早く妹の待つ家に帰らなければと思うのに、体を動かすコマンドを脳が出してくれない。石の床ではいくら寝ていても体が癒される気配がなかった。
「ゲホッゴホッ…ゴホッ…」
大吾の喉は、この部屋に来る前に追ったダメージをしっかりと引きずっていた。右手で喉を押さえて、寝たままの姿勢で近くに水が無いかを探してみる。
この部屋に来る前、木々に囲まれた場所に大吾は立っていた気がする。四方をたくさんの木に囲まれていた。だがおかしい。通学路のどこにもこんな自然豊かな場所は通らなかった。
帰宅途中、急に森にいた?
学校からは徒歩で駅に行き、そうだ、この時は同級生と一緒に歩いていた。家の最寄り駅に着いたらバスに乗って家の近くまで行き、後は10分も歩けば真穂の待つ家に帰れるのに。
森だったか?森にしては傾斜があった気がする。坂、丘、いや、山か。下の方から熱い風が吹いていた。火の粉が髪の毛をかすめていった気がする。呼吸をするたび鼻腔や喉にも、火の粉と熱がはいってきて痛みを感じた。この痛みが、燃える山にいたことが夢ではないんだと教えてくれる。
その時の熱気を思い出して、再度右手で喉を揉む。寝たままの状態で、水を見つけることなんて出来ない。わかっているのに、動くのがしんどい。
カンテラは、まだ悲鳴をあげながら照らしてくれる。カンテラの寿命はいつまでだろう…大吾は、カンテラが生きているうちに動かないといけないと思い、体を無理矢理起こした。
体を起こすと、改めて全身に疲労を感じた。が、若さもある、早く家に帰りたいという熱意もある、とっととこの部屋から出る意外の選択肢はないではないか。
服は汚れていたが、胸元に見覚えのない羽根飾りがついていた。さっき山にいた時にはなかった気がする。なんだろう、黄色の羽根色が制服のネイビーによく映える。
特に外す理由もないなと、大吾はそのままの状態で立ち上がり室内を見渡す。
何もなさ過ぎて驚いた。喉の痛みを癒す術がなくて落胆する。
ここにいても何にもならないと判断して、唯一ある扉に手をかけた。
ガガガガギギギ、ググ。扉は耳障りな悲鳴をあげて狭い部屋から大吾を吐き出した。大吾が広間に出ると、先ほどと同じ悲鳴をあげながら扉が閉じた。
機械音がして、赤いランプが灯る。
何もないと分かっている部屋でも、入ることを拒否されると大吾は少し不安になった。
ここに来るまでの記憶が曖昧でも、こんな暗い見覚えが一切ない建物に存在しているというのは分かる。やばい予感がしている。普通ではない、犯罪の気配しか感じない。
「あ、こんにちは!」
大吾は右から少年の声が聞こえて、顔を向ける。トトトッと軽快に石を跳ねるような音がする。
「よかった、僕以外にもやっぱり人がいたんだ」
大吾の目の前に現われた少年は、詰め襟の学生服に不釣り合いなポシェットを肩から提げていた。そして今、少し窮屈そうにキャップをぎゅぎゅっと頭に被せている。
大吾の胸元くらいの身長、まだ中学生だろうか。声も高い。
「君は?ッゴホン…」
大吾は痛む喉からかすれ気味の声を発する。咳払いがなんだか偉そうになっていないかと、少し気になった。
「あ、僕は瑠偉っていいます。高1です。ついさっき、ここの広間に出てきて少しウロウロしてました」
「ついさっき、ってことは君、瑠偉も俺と同じ感じなのか。ここはどこだ?どうしてここにいる?」
「あぁ~ごめんなさい。僕もまったく分かりません。でもよかった~このまま1人でいたらどうしようかと思ってたんで。
えっと、それで」
瑠偉が探るような目で大吾を見る、大吾は瑠偉を質問攻めにしたことを反省して名乗った。それに中学生だと内心で判断したことを、心の中で謝罪した。
ガンガン、ガンガン。
大吾と瑠偉の話を中断するように、大吾の右隣から扉を叩く音が聞こえてきた。
3人目との出会いを予感して、大吾と瑠偉はすぐに扉を開ける手伝いに向かった。
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