第3話
「情報が溢れてるわけですよ。知ろうとしなくても何でも目に入る時代です」
やや大股に、大げさな動作で壁にいる男に向かって歩く。
「だからこそ、何で未だにハラスメントとかする人がいるのかが分からないんです。
新聞もテレビも広告も、目に入るメディアには溢れてません?ハラスメントの話題って」
壁に磔にされている男は下をうつむいたままで、反応がない。
「質問していますよー」
彼女はポインテッドトウのパンプスを、男の腹に叩き込んだ。
「ッッ!!」
やっと顔をあげる男、その眼窩には黒い虫がうぞうぞと蠢いている。
「気絶とか、加害者にはそんな権利ないんで。あと、何も見えていない目ン玉は、虫たちのごはんにしてあげた方がいいですよね」
もう一度、今度は左足で男の腹を蹴りつけえぐる。
「目が見えなくても、口は動くでしょう、頭は動かせるでしょう。
しっかり答えてください。
あんたがハラスメントを続けた理由について」
そう告げると、また大股で作業台の方に彼女は移動する。次の作業に必要な道具を用意している。
「ハラスメントって…なんのことだ…おい、目が痛い…んだ…何なんだよ、どうしてくれるんだよ。目が、目が、見えなくなるだろ!
何の恨みがあってこんなことするんだよっ!」
月並みな台詞を言いながら、自身の言葉を耳で聞いて男は激していく。
「そうだ、もう見えない!!!ふざけるな、どうしてくれる!!!お前の目も絶対に潰してやるからな!あぁああああああああああ!!」
頭上から半狂乱になる男の大声を浴びて、台上にいる女は冷や汗をかいていることに気づく。
「はぁ~やっぱりハラスメント加害者は自覚がないって本当なんですね。
それに、どちらも理解度が低い。共感性もないんでしょうね、えぇわかります。
こういう加害者には人間性そのものに課題、ですね」
彼女は胸に道具を抱えて、また壁の男に向かって歩く。気を遣って、慎重に。
「じゃあ、あんたの真の評判教えてあげます。いわゆる冥土の土産っていうやつですね。冥土くらい分かりますよね。
何回も言いますが、あんたはハラスメント加害者です。
対象は職場の部下に対してですね。教えてあげているつもりかもしれないですが、上司からの一方的な意見の強要はダメです。
部下の提案書を秒で流し読んで即ゴミ箱、ダメ出しに数時間。作業完了報告を聞いた後に、全部やり直しもさせていますね。
見た目を揶揄したりもしてますね。『イケメンはうらやましいなぁ』なんて発言もルッキズム案件です。
複数人いる前で、部下を馬鹿にすることもOUT。
まだまだありますけど、これくらいでもう分かりますよね。
あんたがどんだけ迷惑な人間なのか。害悪ですよ、生きていて欲しくない」
男の前に彼女は対峙している。持っているプラスチックケースの中には、男の眼窩にいる虫と同じ種類の虫が大量に入っている。
この雑食の虫は、彼女が動画でたまたま見て衝撃を受けた。
小さな体の虫でも、時間をかけて数で挑めば、自分の何倍も大きい動物を捕食することがある。
その虫たちのガッツに、彼女の心は震えた。
何匹かは動物に返り討ちにされて死んでしまった。しかし、犠牲は無駄ではない。確実に、じわじわと動物の体力と気力を削いで、最終的には完食してしまう。
食べにくいのか、味が気に入らないのか、体の一部分は食べずに放置していることも可愛いと思った。
だからこの愛らしい虫たちに、人間を食べてみて欲しいと思ったのだ。
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