第5話狼さん、一緒に踊りましょう




ウルフ オア ウルフ

狼さん、一緒に踊りましょう


何であれ、怒りから始まったものは、恥にまみれて終わる。ベンジャミン・フランクリン






































 第五匹【狼さん、一緒に踊りましょう】




























 神崎ユリには、松本裕也という年上の彼氏がいる。


 ユリはまだ大学生だが、裕也はもう社会人になっていて、ユリからしてみれば大人な彼氏でもあった。


 「ねえ裕也、今度休みいつ?」


 「この前休日出勤したから、木曜日かな」


 「じゃあさ、木曜デートしようよ!ね!」


 「わかったわかった」


 「やったー!」


 裕也は優しかったし、ユリの我儘もよく聞いてくれる。


 そんなユリは今アルバイトをしている。


 居酒屋でのアルバイトは、酔っ払った客がボディタッチをしてくることも多々あるが、そんなとき、先輩が助けてくれる。


 「加賀先輩!おはようございます!」


 「お、今日も元気だな」


 加賀涼は、ユリよりも年上だが、就職はしていない。


 昔からここの居酒屋でアルバイトをしている加賀は、今度正式に正社員にしてもらえるようだ。


 面倒見が良く、冗談も言い合える良き先輩だった。


 「でね、加賀先輩ってば、女の子みたいな顔してるから、おじさんに可愛いね、って口説かれてたんだから!」


 「へー、あの涼がねぇ」


 加賀と裕也は、同級生である。


 裕也は大学も出てから就職したが、加賀は高校卒業したらすぐにアルバイトだけの生活になった。


 それでも仲が良かった二人は、それ以来もこうして交友関係を築いている。


 「裕也、今度のデートどこ行く?」


 裕也が仕事を始めてからというもの、なかなか会えなくなってしまったユリは、頻繁にメールや電話をしていた。


 「そうだなー。どこ行きたい?」


 「んとねー、洋服も見たいし、久しぶりに水族館とかもいいなー!映画も見たい!」


 「わかった。じゃあ、駅近くの水族館に行って、それからモール行こう。あそこなら映画も見れたよな?」


 「うん!わかった!寝坊しないでよね!」


 「はいはい」


 お互いに笑い合うと、電話を切ってユリは寝る。


 寝るときは、必ず裕也におやすみ、と送るし、それに対して裕也も同じように送ってきてくれる。


 加賀が可愛い顔をしているとしたら、裕也は凛々しい顔をしているため、ユリは気が気ではなかった。


 仕事場でモテているのではないかとか、本当は浮気しているんじゃないかとか。


 そんな不安を抱えながらも、ユリは木曜日を待った。


 大学の授業があったが、単位は取れるだろうと確信していたため、ズル休みをした。


 駅で裕也と待ち合わせをし、時間より少し早めには二人揃ったため、まずは水族館へと向かった。


 「わー!広ーい!」


 水族館なんて何年ぶりだろうと、ユリははしゃいでいた。


 「ユリ、迷子になるなよ」


 「何歳だと思ってるのよ」


 「方向音痴のくせに」


 そんな意地悪を言いながらも、裕也はユリの手を握ってくれる。


 照れながらも、ユリはその手を握り返す。


 クラゲも見て、サメも見て、カニもタコもよくわからない魚も見た。


 最後にお土産屋で、加賀に買っていこうと見ていると、丁度良いペンギンがあった。


 「あ、これ可愛い」


 ペアで販売しているそれを買うと、それをつけている加賀を想い浮かべて思わず笑ってしまった。


 「裕也お待たせ!」


 「おう」


 ユリの買い物を待っていてくれた裕也は、続いてモールへと向かう。


 「ユリ、何見たいの?」


 「確か、先週始まったんだけど・・・あった!これこれ!」


 ユリが指さしたのは、CMでよく見かけたものだった。


 確か、自分の生まれ変わりが現れて、未来を変えるために戦う、みたいな内容だった気がする。


 メインはアクションだが、その中に恋愛も入っているようだ。


 「まだ時間まであるし、チケット買ったらなんか喰うか」


 「うん!」


 見たい映画のチケットを先に買って、始まるまでまだ1時間ちょっとあったため、二人は和食屋に入る。


 メニューを見て、ユリは黒酢のあんかけ定食、裕也はからあげ定食大盛を頼んだ。


 「美味しいね」


 「うん、美味い」


 ご飯を食べ終えると、丁度良い時間になったので、二人は映画館に向かう。


 飲み物だけ買って席に着くと、携帯を切っていなかったことを思い出し、電源を切る。


 隣でも裕也は同じように携帯を見ていたが、どうやら何か打っているようだ。


 それからマナーモードにすると、裕也も携帯をしまった。


 「誰からかきてたの?」


 「ああ、涼からだよ」


 すうっと会場が暗くなり、映画が始まる。


 思っていた通りのアクションだったが、それよりも主人公と見知らぬ男性との恋の方が気になってしまった。


 結局、未来に戻らなければいけない主人公は、男性との恋を諦めるのだが、未来に戻った主人公の横には、あの男性がいる、というものだった。


 ユリはボロボロに泣いていたが、裕也はどこで泣けば良いのか分からなかった。


 「ユリ、まだ泣きやまないのか?」


 映画を観終わった二人だが、ユリがまだ泣いていたため、仕方なくカフェに入っていた。


 「だってぇー・・・なんかせつなくて、でも良かったー。あの二人が一緒になれて良かったよー。別の人と一緒になってたらどうしようって思った―」


 鼻水を啜りながら、ユリはハンカチで涙を拭いていた。


 ようやく泣きやんだのは、30分ほど経ってからだった。


 それからユリは、ショッピングを楽しんだ。


 肩が出る服、お腹が出る服、胸が協調される服、足が出る服、色々あるが、はっきり言ってユリは色気がある方ではない。


 ちょっとだけぽちゃっとしているが、決して太いわけではなく、良い肉付きをしている。


 だからなのか、ユリはあまり露出した服は着たことがない。


 特に足に関してはコンプレックスがあるらしく、筋肉質で少し太い足を見せたくないので、スカートをはく時も長いものにしている。


 「ねえねえ、こっちの色とこっちと、どっちが良いと思う?」


 「んー、青」


 「えー!赤もかわいいじゃん!」


 「なら赤」


 「青も良いなー」


 結局は裕也の答えなど聞いていないのに、それでもユリの質問には答えてくれるのが、裕也の優しいところだろうか。


 しかし優柔不断なユリは、なかなか一つに絞ることが出来ない。


 そこで、裕也はなんでも似合うから、好きなものを買えば良いと言う。


 ユリは結局、二着買う事にした。


 会計の際、裕也は一着分を出してくれたため、ユリは思わず裕也に抱きつく。


 「今度のデートにはコレを着る!」


 にこにことそう言うユリを家まで送ると、裕也も家へと帰って行った。


 またしばらく会えないのかな、とユリは自分のバイトの予定表を見る。








 「加賀先輩!はいこれ!お土産ですよ!」


 「お、なんだこれ。サンキュ」


 「ペンギンです!なんか加賀先輩に似てたから」


 「喜んで良いのかわかんねえけど、ありがとうな」


 「あ!加賀先輩にしか買ってこなかったんですから、内緒にしてくださいね!」


 「わーったよ」


 加賀にお土産のペンギンを渡すと、加賀はそれをすぐに鞄につけてくれた。


 きっと彼女がいたら怒られるのだろうが、生憎、加賀に彼女がいないことは知っている。


 良い人なのにな、と思いながらも、紹介出来るような女性もおらず、ユリは仕方ないとバイトを始める。


 バイトの休憩時間になると、ユリは携帯を広げる。


 「裕也裕也っと」


 きっと裕也は仕事から帰ってきた頃だろうと、ユリはメールを送る。


 《お疲れ様!私は今日バイトだよ。今度いつ会えるかな?》


 「送信っと」


 送信ボタンを押して、ユリは軽くご飯を食べる。


 とはいっても、コンビニで買ってきたサンドイッチだけだ。


 「・・・・・・」


 ちらっと携帯を見るが、裕也からの返信はない。


 それからすぐにまた携帯を見るが、それでもまだ返信は来ない。


 仕事が忙しくて、疲れてもう寝てしまったのかと、ユリはしつこくメールを送ることはなかった。


 バイトが終わって帰り道、ユリはまた携帯を広げてみるが、やはり裕也からの返信はなかったため、もう寝たのだと判断した。


 裕也は今1人暮らしをしている。


 ユリも1人暮らしをしているが、裕也の部屋には行ったことがない。


 裕也がユリの部屋に来たことはあるのだが、その度に裕也の部屋にも行きたいと言うのだが、部屋が汚いからとか、男友達が泊まっているだとかで、未だ一度も、ない。


 なら合鍵をくれと頼んだこともある。


 裕也のアパートの場所は知っているが、鍵さえ見たことがないかもしれない。


 なんとか合鍵を貰ったユリだが、裕也に嫌われたくないと、裕也がOKを出してから行こうと思っていた。


 あんなに嫌がるなんて、きっと女性には見られたくない本があるのかとか、相当散らかっているのかもしれないと、ユリは行きたいという欲求を抑えた。


 しかしある日、二週間以上裕也に会えないでいたユリは、どうしても裕也に会いたくなってしまった。


 「今日仕事だって言ってたからなぁ」


 もしかしたら、勝手に入って怒られてしまうかもしれないが、それ以上に裕也に会いたくて仕方が無い。


 ユリは覚悟を決めてアパートの前まで来ていた。


 部屋番号も聞いていたため、ユリはその部屋の前まで来ると、中の様子を窺う。


 「・・・・・・」


 耳をドアに近づけてみると、何やら声が聞こえる気がする。


 「?あれ?」


 確か今日は仕事のはずだと、ユリは急に不安に襲われた。


 もしかしたら、自分が想像していたように、裕也は浮気をしていたのか。


 ユリはそっと鍵を開けようとしたが、がちゃ、と音が鳴ってしまうのは仕方ない。


 それに気付いたのか、部屋の住人でもある裕也と思われる足音がこちらに向かって歩いてくるのが分かる。


 もうこうなれば修羅場も覚悟して、ユリは勢いよくドアを開けると、そこには驚いた顔をした裕也がいた。


 「ユリ?どうしたんだ?」


 「今日、仕事じゃなかったんだね」


 「え?ああ・・・」


 歯切れの悪い裕也の答えに、ユリはちらっと中を見る。


 玄関には女性ものの靴は見えなかったが、ユリは裕也の制止も振り切って、部屋の中へと入って行く。


 2部屋あるうちの1部屋はリビングのようになっており、そこには2つのコップが並べられていた。


 洋服が脱ぎ散らかされており、もう1つの部屋を開けると、そこには布団が敷かれていた。


 こんもりと盛り上がったそこには、誰かがいるのが分かる。


 まだ寝ているのか、規則正しく上下に動いているのが僅かに見えた。


 「ユリ!」


 裕也の声など最早聞こえず、ユリはキッチンへ行くと、そこには並べられた2つのコップと2本の歯ブラシ。


 明らかに、ここで裕也は誰かと暮らしている証拠だった。


 「んー、誰か来たのー?」


 「!!」


 ようやくここで起きてきたのか、しかしその声はどこかで聞いたことがあるような、ないような。


 裕也はまだ布団の中にいるその人物に事情を説明していた。


 そこにユリが顔を見せる。


 「・・・どういうこと?」


 「ユリ・・・」


 布団から起きたその人物の周りには、沢山のティッシュがばらまかれており、タンスには二人で撮ったのだろうか、写真が貼られていた。


 タンスの近くに寄ろうとすると、この時、この部屋からは独特の臭いがすることにも気付いた。


 しかし、それよりも、ユリにはその写真の方が衝撃的だった。


 「なによ、これ」


 「ユリ、説明するから」


 「なによこれ!!!」


 タンスに貼ってある写真を次々に剥がすと、適当に床に叩きつける。


 ユリは振り向き、裕也と一緒に映っていた、今目の前にいるその男を睨みつける。


 「二人して、ずっと私を騙してたのね!?」


 ユリが見てしまったものは、受け入れ難い現実だった。


 「ユリ、あのな」


 「どういうことなの!?ちゃんと説明してよ!ずっと、ずっと騙してたの!?裕也!加賀先輩!!」


 「・・・・・・」


 裕也の部屋で寝起きの姿だったのは、ユリのバイト先の先輩でもある加賀だった。


 加賀は裸の格好でいたため、パンツだけ穿くと、首裏を摩っていた。


 タンスに貼られていた写真に映っていたもの、それは裕也と加賀の二人のもので、それを見る限り、まるで二人は恋人同士のようだ。


 事情が呑み込めないでいると、裕也が話し始めた。


 「ごめん。ユリと付き合い始めて、ユリがバイトを始めてから、涼と再会したんだ。俺、別に男が好きだったわけじゃないんだけど、涼とはその、そういう感情になって・・・」


 裕也が言うには、もともとは女性が好きな普通の男だったらしい。


 ユリと付き合い始めてからも、そうだった。


 しかし、ユリが居酒屋でバイトを始めたと言ったから、一度だけ様子を見に行ったことがあるようだ。


 その時、加賀と再会した。


 その日は連絡先を交換しただけで終わったのだが、後日、裕也と加賀は二人きりで会って、流れでそうなってしまったようだ。


 加賀は引っ越しで裕也の部屋に住むようになり、それから二人の秘密の関係は続いた。


 「ユリを騙す心算なんてなかったんだ。ごめん」


 「・・・・・・」


 受け入れてと言われても、受け入れられない事実だった。


 部屋に来ないようにと言っていたのも、きっとコレのせいだろう。


 別に同性愛に関して否定もしないし、蔑んだり罵ったりする心算はない。


 しかし、自分が好きだった男性がそういうことに目覚めてしまって、その男性と一緒に暮らしていて、自分のことを後回しにされていたのだと思うと、ユリは赦せなかった。


 今になって思えば、確かにおかしなことは他にもあったのだ。


 裕也のもとに届く、自分と同じかそれ以上に届く加賀からのメール。


 自分と裕也の休みが合わないように細工されたかのようなバイトのシフト。


 全ては、この関係を続けるためだった。


 「・・・馬鹿みたい」


 「え?」


 「はは・・・。ほんと、私馬鹿だわ」


 「ユリ?」


 肩を揺らして笑い始めたユリに、裕也は手を伸ばすが、ユリはフラッとリビングに向かった。


 「ちなみに、聞いても良い?」


 「なんだ?」


 「どっちが上なの?」


 「は?」


 見た目からすればきっと裕也が上なのだろうが、ユリは冷ややかな目を向けて聞いた。


 「・・・涼」


 「・・・そう」


 あんなに男らしいと思っていた裕也が、可愛いと言われている加賀に組み敷かれていたのかと、ユリは目を細める。


 そしてゆっくりとキッチンへ向かえば、そこに置かれていた包丁を掴む。


 「ユリ・・・!?」


 ゆらり、と裕也の方を向くと、ユリはもう裕也など見えていないかのように、包丁を持ったまままた布団が敷いてある部屋に入る。


 そして、寝惚けている加賀をうつ伏せに寝かせ、その上に跨った。


 「加賀先輩、残念です」


 「ユリ!!!」


 包丁を両手に持ち、そのまま上半身ごと加賀に沈みこんで行く。


 その瞬間、加賀も一瞬目を見開くが、ユリの足によって腕が固定されてしまっているため、抵抗することも出来ないまま。


 ただ、自分の身体に突き刺さって行くキラリと光るソレを、見ているしか出来なかった。


 何度も何度も、まるで愛を確かめるかのようにして。


 「ユリ!!ユリ止めろ!!」


 「・・・・・・」


 呼吸を乱すこともなく、ユリは裕也の声に動きを止める。


 ユリの下には、すでに息絶えている加賀がいた。


 ユリの顔にも身体にも、加賀からの返り血がびっちゃりと浴びせられており、裕也は警察に電話をしようと携帯に手を伸ばす。


 しかし、それは叶わなかった。








 「ふふ。裕也、似合うわよ?あ、ちゃんとお化粧もしなきゃね」


 そう言って、ユリは自分の鞄から化粧ポーチを取りだした。


 裕也の髪を綺麗に梳かし、可愛い髪留めをつけたあとは、肌に下地を塗ってからファンデーションを塗る。


 真っ赤な口紅もつければ、裕也はまるで女性のように仕上がった。


 「裕也には黒なんて似合わないわ。綺麗な赤紫のドレスよね。ヒールも高いのにして正解だったわ。あ、加賀先輩も似合いますよ」


 それからわずか3日経った頃、仕事に来ないということで、裕也の上司が大家さんに頼んで部屋を開けてもらうと、そこには、タンスに押し込められた、裕也と加賀がいたそうだ。


 奇妙だったのは、裕也は顔はばっちりメイクされていて、服も女性物のドレスを着せられていたことだ。


 加賀は加賀で、男物のタキシードを着せられていたようだが、もう何も聞くことは出来ない状態だ。


 「この写真は?」


 拾い上げられた写真には、キスをしている二人の写真があった。


 そういう関係だったのかと、裕也の会社の人も驚いていたし、加賀のバイト先の人も知らなかったと答えた。


 事情聴取をしようと、裕也の彼女だったユリに話しを聞いたところ、こう言っていたそうだ。


 「二人の間で、裏切ったとか裏切って無いとか、言い争いになっていたみたいです。きっと加賀先輩は、裕也が女性を好きになるなんて思っていなかったんです」


 泣き崩れながらそう答えたユリは、すぐに家に帰れた。


 二人は果たして心中だったのか、だとしたら、お互いにあの変な格好に着替えてから、タンスの中で互いを刺したということなのか。


 謎は深まるばかりで、それからすぐにユリは遠くへと引っ越しをした。


 「加賀先輩のことがあって私、ここではもうバイトを続けられる自信がなくて」


 「そうだよね。神崎さんは就職先も決まってるんだし、そっちを頑張ってよ」


 「ありがとうございます」


 懸命に生きる女性、世間にはそう映っているだろうか。








 「どこに隠れたんだ?」


 「ここかな?いや、こっちかな?」


 次は自分が食べられてしまうかもしれないと思った子山羊の中にはきっと、こう思った子山羊もいるだろう。


 「あそこに隠れていると教えれば、自分は助かるかもしれない」


 もし子山羊のうち1匹が裏切って、狼にこう交渉していたとしたら、どうだろう。


 「狼さん狼さん、他の6匹の隠れた場所を教えるから、僕だけは助けておくれ」


 さて、本当の狼は、どっちだ?






 5匹目は、洋服ダンスの中。






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