第2話狼さんは、大きな口をあけている





ウルフ オア ウルフ

狼さんは、大きな口をあけている


 行動する事は少しも恐れはしない。恐れるのは、ただ無為に時を過ごす事だけだ。


    ウェンストン・チャーチル




































 第二匹【狼さんは大きな口を開けている】




























 「楽勝ね」


 女は、金を手にして歩いていた。


 「男なんて馬鹿な生き物よ」


 女は、口元をニヤリと歪ませていた。


 携帯を取り出すと、女は自分のことをこう名載った。


 「由香里ですー。すみませーん、電話出来なくてー。え?そうそう。それで、今日あたり会えないかなーって思ってぇ」


 電話を切ると、由香里は待ち合わせの場所まで向かう。


 化粧を直して鏡でチェックしていると、男から声をかけられた。


 「由香里ちゃん?」


 「はじめましてー由香里でーす」


 初めてあったその男の腕を掴むと、由香里は男と一緒にレストランへ入って行った。


 「わー、素敵なお店ですねー」


 とても高級そうなお店に連れてきてもらえて、由香里はちょっと嬉しそうだ。


 テーブルの上に次々出される食事も、とても美味しくて満足した。


 デザートまで食べ終えると、男は会計を済ませる。


 それは当然とでも言う様に、由香里は男が会計を済ませるのを、ただ暇そうに待っていた。


 「さ、行こうか」


 男は由香里の肩に手を置くと、歩みを少しだけ早めた。


 そして、二人の前には煌びやかなホテル、いわゆるラブホというものがあった。


 部屋に入ると、由香里はそこに用意しているコーヒーをよそる。


 「これ飲んだらー、先にシャワー浴びてくださいね」


 「一緒に入ろうよ」


 「ダメですー。由香里は後で入りますー。その後で、ゆっくり、ね?」


 男はデレデレしながら、由香里が注いだコーヒーを飲むと、先に身体を洗いに行く。


 それを見届けると、由香里は動く。


 男が置いて行った鞄を物色すると、まずは携帯を取り出して、自分の名前を消去する。


 それから財布を開けると、現金を鷲掴みし、男の年齢や職業などが書かれているものもチェックする。


 「へー、重役なんだ」


 そうとわかれば、もし仮に自分を訴えようとしても、このことが会社にばれたくない男たちは、訴えることはしない。


 上手くいけば、それをネタにして金を取ることだって出来るだろう。


 「一枚もらっとこ」


 そう言って、男の名刺を一枚拝借。


 「それにしてもしけてるわね。現金が10万も入ってなかった・・・」


 はあ、とため息を吐くと、由香里はそのまま部屋を出て行った。


 「ま、これで今日はゆっくりベッドで寝られるわ」


 ビジネスホテルに向かうと、由香里は偽名でチェックインをし、一泊する。


 その頃、由香里がいないことに気付いた男が、一人焦っていることも知らず。


 財布を見て金が無くなっていることにも気付き、急いで警察に連絡をしようとするが、自分が今何処にいて、何をしようとしていたのかと聞かれると、それはそれで不味い。


 男には妻子もいるのだから、当然だ。


 そのまま泣き寝入りをし、男はカードでホテル代を払って帰った。


 「っはー。気持ち良いー!」


 ホテルのシャワーを浴びている由香里は、身体の汚れを全て落としていた。


 由香里は、こうやって生活をしている。


 家はあるのだが、折角大学を出たのに、どうして就職しないのだと母親が五月蠅いため、家には帰りたくないのだ。


 街をぶらついて、声をかけてくる男がいれば着いて行く。


 携帯で今夜泊めてくれる人を探したり、金をもっていそうな男に声をかけ、先程のように金だけ持って逃げるなんてもう日常茶飯事になっている。


 「男なんてちょろいわ」


 自分のしていることにやましさがあるからか、今日まで訴えられたこともない。


 それもそのはずだ。


 ソレを見越して、由香里はわざわざ既婚者を多く狙っているのだから。


 もしくは、それなりに地位を築きあげている人ならば、バラされたら一大事だと、警察に届け出ることもない。


 「今日は合計15万かぁ。ま、ぼちぼちね」


 身体にタオルを巻きてから、由香里は携帯に誰からかメールが来ていることに気付く。


 「誰かしらー?」


 画面をいじると、そこには名前なのか名字なのか知らないが、佐良と書かれていた。


 『初めまして。是非今度、由香里ちゃんとご飯に行きたいな』


 「本当にご飯だけかよ」


 『本当にご飯だけですかー?』


 『本当だよ。最近仕事で忙しくて、妻ともあまり関係が良くなくて。若くて可愛い子とご飯行きたいんだ』


 「ありがちね。ま、いっか」


 『わかりましたー。じゃあ、いつ行きますかー?いつ空いてますー?』


 そんなやりとりを何回か繰り返すと、来週会おうということになった。


 それまで、由香里は毎日同じことをした。


 出来るだけカモにした男たちに会わないようにと、範囲を広げていた。


 そう簡単に会わないだろうが、もし会ったとなれば面倒だ。


 一人の時ならば、脅迫することも出来るかもしれないが、もし別の男と一緒にいたなら、その男を逃がしてしまうことになる。


 頻繁に携帯を変えたり、アドレスを変えたり、色々やっている。


 「今日は、なんだっけ。佐、佐、佐良さん。そうだ、そうそう」


 名前を繰り返し、他の人と間違えないように注意する。


 待ち合わせ場所で待っていると、なかなか現れなかったため、由香里は聞いておいた電話番号にかけてみることにする。


 すると、すぐ近くで携帯が鳴った。


 「え」


 「君が由香里ちゃん?可愛いね」


 「えっと、佐良、さんですか?」


 「佐良がちょっと用が出来てね、代わりに俺なんだけど、ダメ?」


 「え?ああ、いいですよー」


 後で佐良から連絡がくる、と言って、その男は由香里を連れて飲み屋に入った。


 焼鳥と枝豆、からあげとビールを頼むと、男は聞いてもいないことをどんどん話した。


 男にも彼女がいるそうだが、その彼女は男からの連絡を無視するのだそうで。


 彼女がいるアパートに行っても追い返され、電話も出てもらえず、ストレスが溜まっているとか。


 彼女の写メがあるからと見せてもらったが、まあ普通のレベルだ。


 名前は亜美というようだが、亜美の身体には何かの痣がついていた。


 「なんか、彼女さん痣だらけじゃない?」


 「ああ、これ?俺がやったんだ」


 「は?」


 「亜美のことが心配でさぁ、浮気してねぇかなって、携帯チェックしたり、盗聴器しかけたんだけど、亜美に止めてって言われて、腹立っちゃってさ。俺は亜美のこと大好きだからやってるのにさ、どう思う?」


 「え?まあ、難しいですよねー・・・」


 こいつやばい、と思った由香里だったが、次の言葉に、そんな危険信号は吹っ飛んだ。


 「俺、実はおととし会社立ちあげてさ、今その会社の社長なんだよね」


 「!!!」


 これはきっと、大金を持っている。


 そう思った瞬間、由香里はビールをどんどん進めて飲ませた。


 「大丈夫ですかー?足元フラフラじゃないですかー」


 「だーいじょうぶ・・・っく」


 「何処かで休みますー?」


 「んー・・・」


 聞いているのかいないのか、正直どちらでも良いのだが。


 由香里は男を連れてホテルに連れ込むと、もう半分寝ている男に、最後の止めとばかりに強い酒を注文した。


 それを一気に男に飲ませると、男は規則正しく寝息を立てた。


 「・・・・・・」


 寝ているのを確認すると、由香里は男の身体を物色する。


 お尻のポケットに入っている財布を見ると、そこに名刺はなかったが、大量の札束がぎっしり詰まっていた。


 「こりゃ儲けたわ」


 ムフフ、と喜んだのも束の間、男がムクッと起き上がった。


 「!?」


 「・・・シャワー浴びたい」


 「そ、そうですよねー。私は待ってますね」


 慌てて財布を床に置いて、まるで落ちたかのように偽装する。


 男は脱いで行き、上半身が裸になったところで、男の携帯がなった。


 「んー・・・もしもし」


 「・・・・・・」


 このまま逃げてしまおうかとも思ったが、男がシャワーを浴びている間に出るのが安全と、由香里はじっとしていた。


 「・・・え?どういうこと?」


 誰からの電話なのか知らないが、男は急に立ちあがると、由香里を見下ろした。


 わけがわからない由香里は、あまりの恐怖に思わず後ずさる。


 すると、男は携帯を投げ捨て、由香里の腕を思いっきり引っ張った。


 「!?ちょっと、何するんですか!?警察に訴えますよ!?」


 「勝手に訴えろよ!このクソアマ!」


 「何言ってるんですか!?」


 ベッドの上に押し倒され、由香里はなんとか男から逃れようとするが、力で男に敵うはずなどなかった。


 酒の匂いがぷんぷんする男だが、目は血走っていて、由香里の心臓は早まる。


 ぐっと由香里の首に両手を置くと、男は由香里の首を締め始めた。


 「あっ・・・!あっ・・・!」


 「てめぇ!俺の金を取る気だったらしいな。ああ!?ふざけんじゃねえぞ・・!!」


 ただ非力に、ただ無力に。


 男の腕を振り払おうとしていた由香里の腕はベッドに落ち、それからすぐ、男はホテルから逃げて行った。


 その頃、男は亜美のいるアパートに向かっていた。


 しかし、何度チャイムを鳴らしても亜美は出て来ず、ドンドンと叩いていると、隣の人が顔を出してこう言った。


 「お隣さんなら、引っ越したわよ」


 「はあ!?」


 亜美に連絡を取ろうと携帯を取るが、ツ―ツ―、と無機質な音が流れるだけ。


 監視カメラで映っていたこともあって、男はあっけなく逮捕されてしまった。


 「え?私が?」


 「ええ。本人は、あなたに言われたから、つい女性を殺してしまったと。まあ、本人は錯乱状態ですし、薬物もやっていますしね。被害者女性も、随分と男を騙していたようですから、痴情のもつれだと思っているんですけど」


 事情聴取を終えた一人の女性は、丁寧にお辞儀をすると颯爽と歩いて行く。


 彼女の名は、佐良亜美、高校三年生。


 亜美は自分の新しいアパートに着くと、いつも大事に持っている新聞の切れ端を読む。


 そこには、自殺した男性のことが書かれていた。


 「お父さん、これでもう、成仏してね」


 父親の名は、佐良純一。


 ほんの2、3年前の出来事に遡る。


 純一は、とても真面目な男で、仕事ぶりの評判も良かった。


 母親も働いていて、亜美は二人にとって大事な一人娘だった。


 そんなある日、純一は仕事帰りに泣いている女の子を見つけた。


 「どうしたんだい?名前は?」


 亜美よりは年上だろう女の子は、由香里と名乗った。


 家に帰りたくないと、由香里は純一に頼んでホテルに連れていってもらった。


 由香里は純一が用意したコーヒーに、純一が目を離した隙に睡眠薬を入れ、純一を眠らせてしまった。


 純一の財布から金を取り出し、あとは逃げるだけだったはずの由香里だが、ここで計算外のことが起こった。


 それは、そこのホテルが、会計後でないと扉が開かないシステムになっていたことだ。


 由香里は慌てて、そして、フロントに電話をした。


 「助けてください!男の人が襲いかかってきて!!」


 すぐさま警察にも連絡がいき、部屋に入ると、純一と由香里がいた。


 純一はもう目を開けていたが、何が起こったのか全くわからないまま、警察に連れて行かれてしまった。


 由香里はとにかく怖かったとだけ言って、その場を乗り切った。


 何もしていなかったとはいえ、女の子をホテルに連れて行ったという噂はあっという間に広まって、純一は仕事を止める羽目になってしまった。


 母親の方も、仕事を続けられるような状況でも環境でもなくなり、二人して職を失った。


 そしてそれからすぐの夏。


 「ただいまー」


 いつものように家に帰ってきた亜美の目の前には、変わり果てた姿の純一がいた。


 母親も気力を失ったかのように動かなくなり、施設へと入った。


 亜美は一人暮らしを始め、色々と情報を集めていた。


 そして、ようやく見つけたのだ。


 「亜美、俺と付き合ってよ」


 しつこいくらいに、そう言ってきた男がいた。


 なにやら起業したようだが、どうせすぐ潰れるだろう。


 亜美のことを勝手に彼女だと思いこみ、携帯を見られたり、プレゼントに盗聴器を仕込まれたり、毎日何百通ものメールを送ってきたりと、散々だった。


 ちょっと同級生とやりとりをしたのを見て、裏切り行為だと殴られたこともあった。


 とても暴力的で、身勝手で、我儘で、それでいて単純な人だった。


 だからこそ、亜美は利用した。


 「お願いがあるの」


 「亜美のお願いならなんだって聞いてあげるよ」


 佐良が亜美であることを言わないことを条件に、ただ由香里と会って食事をしてほしい。


 後で連絡をするから、お願い、と。


 亜美の言うまま動いた男は、思った通り酒を飲み、酔いつぶれてしまった。


 しかも小さな会社とはいえ社長ともなれば、きっと由香里は逃がすはずがない。


 ホテルに入ったのを確認すると、亜美は頃合いを見計らって、男に電話をかけた。


 「大丈夫!?お金取られてない!?」


 あなたのことを心配しているのよ、とでも言っているかのように。


 「お金だけ取って逃げる心算なのよ!」


 男にとって、金が何よりも大事であることを知っていたから。


 受話器越しに聞こえてくる由香里の苦しむ声に、亜美は電話を切った。








 男の携帯から亜美の名前が出てきたため、亜美は事情聴取を受けにいった。


 「私、彼女じゃありません。それに」


 警察に、男に殴られた痕を見せる。


 「勘違いしていたみたいで、私、怖くて・・!電話をかけないと痛い目に遭うって言われて、仕方なく電話をかけたら、向こうから女性の呻き声が聞こえてきて!」


 由香里が今までしてきたことも公になり、男が精神的におかしかったことも公になり、それで一件落着となった。








 「狼が来ても開けちゃダメよ」


 「はーい!」


 狼はもしかしたら、子山羊の中に紛れこんでいたのかもしれない。


 開けるタイミングを見計らい、涎を垂らして待っていたのかもしれない。




 2匹目は、ベッドの中。




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