ウルフ オア ウルフ
maria159357
第1話狼さん、ご一緒しましょ
ウルフ オア ウルフ
狼さん、ご一緒しましょ
登場人物
可愛い子山羊たち
時々狼
人はその守る沈黙によって判断される。
オリヴァ―・ハ―フォード
第一匹【狼さん、御一緒しましょ】
むかしむかし、7匹の子山羊たちがいました。
子山羊たちのお母さんは出かけてしまいましたが、そのとき、こう注意しました。
「狼が来ても、開けちゃいけませんよ」
子山羊たちは良いお返事をしました。
お母さん山羊が出かけたのを見て、狼は子山羊たちがいる家にやってきました。
声が違うと言われてチョークを食べ、手が茶色いと言われ小麦粉で真っ白にすると、子山羊たちはお母さんだと思い、ドアを開けてしまいました。
子山羊たちは隠れました。
1匹目は、机の下。
2匹目は、ベッドの中。
3匹目は、ストーブの中。
4匹目は、台所の戸棚の中。
5匹目は、洋服ダンスの中。
6匹目は、洗濯桶の中。
7匹目は、大きな時計の中。
6匹は狼に丸のみされてしまいましたが、お母さん山羊が帰ってくると、最後の一匹の子山羊は、狼のことを話しました。
お母さん山羊は、お腹いっぱいになって寝ている狼を見つけると、そっと近づき、そのお腹を裂きました。
そこから6匹の子山羊たちが無事に出てくくると、狼のお腹に大きな石を詰め込みました。
起きた狼は喉が渇き、川へと向かいます。
お腹が重くなってしまった狼は、そのまま川に落ちて、流されてしまいました。
めでたし、めでたし。
そしてここにも、そんな可愛い復讐劇を考えている影がありました。
さあ、狼に復讐する時間だ。
「先生!出来ました!」
「どれどれ」
新田透、大学2年生の男は、小学5年生の男の子、賢の家庭教師をしていた。
まだ家庭教師を始めて一カ月にもなっていないが、最初は可愛い子だな、と思っていたのだが、最近はちょっと違う。
それは、きっとアレが原因だ。
家庭教師を始めて5日経ったときのこと。
「新田くんは、大学何処なの?」
休憩をしていて、賢の母親が二人にお菓子と飲み物を用意してくれた。
「あ、僕は・・・」
遠慮がちにいったその大学名は、決して有名なものではなかった。
それでも、透にとっては自分の好きなことを学べる学校であった。
「え?・・ああ、そうなの・・・」
大学名を聞いた途端、母親の表情が変わった。
変わった、というよりも、明らかに馬鹿にしたように鼻で笑ったのだ。
透がトイレを借りて、部屋に戻ろうとしたとき、こんなことを話していた。
「大した大学じゃないわね。そんな先生に教えてもらったって意味ないわ。賢、別の先生に頼みましょうね」
「え?どうして?」
「だって、大学は大事よ?確かに新田くんは良い人だけど、でもねえ。賢には良い大学に行ってほしいもの。こう言っちゃなんだけど、新田くんが行ってるような大学になんか行ってほしくないわ」
「先生じゃダメなの?」
「そうよ。賢は新田くんよりも賢くなるの。ずっとずっと良い未来が待ってるのよ?大学のこと分かってれば、頼まなかったのに」
母親がそんなことを言ったものだから、きっと賢もそれで納得したのだろう。
その日からというもの、新田を馬鹿にしたように話しかけてくるのだ。
「僕ね、先生よりも良い大学に行くんだ」
「ママがね、人は生まれたときから将来が決まってるんだって言ってた」
「だからね、先生になんか教えてもらっちゃダメなんだって」
新しい家庭教師が決まるまでの間のツナギということで、新田はまだここに来ていた。
賢の父親は、有名な企業の幹部のようで、家も立派な佇まいをしている。
父親は名の知れた大学、そして院も出ているそうだ。
まだ小学生だと言うのに、賢は毎月お小遣いを10万円貰っているそうだ。
透がアルバイトを必死にしても、そう簡単に手に入れられる額ではないというのに、それを賢は容易く手に入れる。
そしてどこでどう出会ったのかは知らないが、賢の母親と結婚した。
しかし、賢の母親のことはよく分からない。
大学を出ているという話も聞いたことはないし、ましてや働いていたということも一切聞かない。
一方、透の父親は地元では名が通った中小企業で働いていた。
それなりに給料をもらってきてくれて、ボーナスもちゃんと出る。
しかし、それでは赤字になることもあり、母親は透が中学生にもなると、パートを始めた。
近所のスーパーでレジをやっている。
時給もそんなによくはないが、家計の足しには充分なっている。
そんな二人を見ていたから、透も大学生になってすぐにこのバイトを始めた。
高校ではバイトが禁止で、見つかると停学になると言われていたため、大学までは何もしていなかった。
数学と生物が得意で、それを中心に家庭教師の勉強を教えていた。
2年になって少し経った頃、たまたま新しい家に行かないかと言われた。
それが、賢の家だった。
大学のことを聞いていなかったからか、母親は透を快く迎え入れてくれたのだが、今は全く違う。
賢の父親の自慢話と比べ、ここの大学はダメだの、あそこの企業はダメだのと、好き勝手に言っていた。
「新田くん、ちょっといいかしら?」
「はい?」
まだ休憩時間には早いと思ったが、賢の母親に呼ばれ、透はリビングに向かった。
「あのね、明日で賢の家庭教師を止めてほしいの」
「え?」
「新しい人はもう決めたから、心配しないでね。良い大学を出てる人だから、とても頼りにしてるの」
「・・・・・・」
プロ野球選手が、急に戦力外通告を出されたような気分だ。
それに関して、何も言い返すことが出来ず、透はため息を吐きながら帰り道を歩いていた。
「どうかしましたか?」
「え?」
急に声をかけられ、透は驚いて振り返ると、そこには自分と同じくらいの歳に見える男がいた。
なんとなく似たような雰囲気を持つその男に、透は今日あったこと、今日までの出来事を話した。
すると、その男はこんなことを言った。
「その家の人のこと、知ってますよ」
「え?そうなんですか?」
「ええ」
そこで聞いた内容に、透は目を丸くする。
「あ、もうこんな時間か。では、僕はこの辺で」
「あ」
そのまま去って行ってしまった男をしばらく眺めたあと、透は自分の家へと帰っていく。
翌日、今日はいよいよ賢の家庭教師をする最後の日だ。
母親は今日が最後だからなのか、一番最初に迎えてくれたときのような笑みを浮かべていた。
賢の部屋に向かい、いつものように教科書を開いて教えて行く。
「賢くんは、良いね」
「何が?」
「何の苦労もなしに、こんな良い家に住んで、お小遣いも貰えて、良い大学にも行くんだろう?」
ニッコリと笑ってそう問いかければ、賢は当然だというように答えた。
「うん!ていうか、なんでみんなの家ってあんなに狭くて小さいんだろう。この前ね、優斗くんの家に遊びに行ったんだけど、狭いしお菓子も普通だし、それにお小遣いも貰えないんだって!僕なんか、好きなもの買えるし、頭も良くなって、きっといつか政治家になるんだ!!」
「へぇ・・・政治家か」
「そうだよ!だからね、先生じゃダメなんだよ!先生に教わっても、政治家には到底なれないって言ってた!」
「・・・お母さんが?」
「そうだよ!」
賢に悪気はないのだろうが、賢のひとつひとつの言葉が、透の心を壊して行く。
一度休憩に入ったとき、賢の母親がそっと透に封筒を渡してきた。
「これ、受け取って頂戴?とりあえず今月分が入ってるわ。遠慮しなくて良いのよ?」
「・・・ありがとうございます」
休憩が終わって賢の部屋に戻ろうとしたとき、母親がこう叫んだ。
「賢、お母さんちょっと出かけるから。新田くんが帰ったら、ちゃんと鍵閉めておいてね」
「はーい!」
がちゃ、と玄関がしまると、賢の部屋の扉も閉まる。
最期の時間がやってきた。
「先生!次、ここからだよね!」
「・・・そうだね」
先に椅子に座り、透に出された問題を解こうとしている賢。
そんな小さな背中を見つめながら、一歩一歩、確実に距離を縮めて行く。
シュルル、と自分の腰に巻いてあるベルトを外すと、ゆっくりと近づき、しかし素早くそれを首に巻いた。
「・・・!?」
そうすればもう、後は簡単。
自分よりも遥かに背の低い彼に対し、ただ、少し力を入れて持ちあげれば出来上がり。
声にもならない声をあげながら、短い足をバタバタさせている彼を、無表情で見ていた。
そのうち、彼はブラン、と全身を力無く項垂れさせる。
「・・・・・・」
ベルトを腰に戻すと、今度は手足をあらぬ方向へと曲げて行く。
「最後に、とっても大切なことを教えてあげよう」
こじんまりとしたその身体を、今までそこに座っていた人物を、机の下へと押し込む。
「大学を出ていない人間なんかに、俺を馬鹿にする資格はない。偉いのはお前らじゃなく、毎日ひたすら働いているお前等の父親なんだ。それに、賢くん。君は政治家にはなれないし、ならない方が良いよ」
机の上に並べられている教科書を閉じ、トントンと揃えて本棚に戻す。
窓を開けて新鮮な空気を取り入れると、なんとも心地良い。
「君みたいな、普通の生活をしらない人間が政治家になると、碌なことにはならないからね。人の金だからと税金を無駄遣いしたり、庶民からは巻き上げるだけ巻き上げる、人間のクズだ。・・・ああ、そうか。もう君は、自分が犯した過ちの重さも、知ることが出来ないんだね」
自分の荷物を持つと、透は部屋を出た。
そして階段を下り、冷蔵庫を開けてコップにジュースを注ぐと、それを一気に飲む。
「ふう」
コップを洗った後は、何事も無かったかのようにして、その家を出た。
玄関から、まるで二階で賢が生きているかのように、こう言った。
「賢くん、また明日ね」
それから数十分後のこと、母親は帰宅した。
「賢―?まだ二階にいるのー?」
両手に抱えきれないほどの、洋服。
どこのブランドのものかは知らないが、母親はクレジットなのか現金なのか、とにかく、今日一日で30万以上の買い物をしてきたようだ。
夕飯はお寿司の出前でも取る心算なのか、どれにしようかと悩んでいる。
「賢―、夕飯お寿司でいいわよねー?それともフレンチ食べに行くー?」
まだ二階にいると思っている息子に声をかけるが、まったく返事がない。
寝ているのかと思い、母親は賢の部屋を開けるが、ベッドにはいなかった。
いつものように、きちんと整理された部屋には、なんの違和感もなかったが、ただ一つ、気になったことと言えば、この肌寒い時期に、窓が開いていたことくらいだろうか。
「まったく。賢はどこに行ったのかしら」
窓を閉めに部屋に入ると、机の上に並べてある本が、少し出っ張っているのが気になった。
ちょっと押せば済むと、母親はそこに腕を伸ばそうとした。
「あら?」
その時、椅子が完全に机の下に入っていないことに気付いた。
賢の為にと特注で作らせた机と椅子。
何回か椅子を押してみるが、奥までなぜか入らない。
「?何か落ちてるのかしら?」
絶望というのは、時に、ふとした瞬間訪れるものだ。
椅子を引くと同時に、机の下から崩れるように母親の方へと倒れてきたもの。
それはあまりに脆く、あまりに小さく。
「・・・!?キッ・・・キャアぁアアア嗚呼あ嗚呼亜嗚呼あアアァアああ!!!」
すでに息などしていない小さな身体は、目を見開いてこちらを見ていた。
「お母さんはそんなガラガラ声じゃないやい!お前は狼だ!」
「お母さんはそんな茶色い手じゃないやい!お前は狼だ!」
狼を招き入れた子山羊は、気付かない。
狼が牙を向いたその瞬間、子山羊は思うのだろう。
なんて自分は愚かなのかと。
1匹目は、机の下。
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