第3話
そなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のためにそなたを失いたくない。
バイロン
「てめぇ!何しやがった!」
琉峯が剣を振る度に、足下から草が生え、花が咲き、木までもが伸びてくる。
それらはコンクリートなどもろともせず、力強く貫いて地表へと顔を出す。
「こんなもん、燃やしちまえばいいんだからな!へへ!」
そう言うと、デルタは炎を出し、草木花を次々に燃やしていく。
焼け野原目指して炎を出していたデルタだが、それ以上のスピードで生命が生まれてくる。
「!!なんなんだよ、コレ!たかが植物のくせに俺に立てつきやがって!」
デルタの炎が燃え広がることはなく、それどころか炎を消すように草木が生えてくる。
生えてくる植物の方に集中していたデルタ。
その背後で、琉峯が剣をまた振るう。
それは剣を扱っているというよりも、まるで舞っているようだ。
すると、デルタは自分の身体の中に何かが起こったのを感じる。
「!?なんだ?」
先程、琉峯の剣を掠ったあたりだろうか。
身体の奥からジンジンと熱を発しているように、鳩尾あたりがモヤモヤする。
「抗うな」
至って冷静な琉峯だが、デルタはそれどころではなかった。
自分の身体から、植物が生えてきたのだから。
「!!!うあああああああ!!!!!気持ち悪い!なんじゃこれ!」
自分に向けて炎を出し燃やそうとするが、なかなかうまくいかない。
「お前の体内に宿して種を燃やさないと無理だ」
「種だぁ!?」
「ああ。種はすでにお前の体内に寄生しているから、それも無理だろうが」
「このやろっ!」
ならば琉峯を倒せば良い。
そう考えたデルタは琉峯に向かって再び炎を出しながら攻撃をしようとするが、身体から生えてくる花や草が、デルタの動きを止めてしまう。
「この!くっそ!」
思う通りに身体は動かず、成長の早いそれらの植物は、デルタの視界も塞ぐ。
「その植物は、宿主の力の分だけ早く育つ」
言うなれば、デルタは三倍の力で攻撃が出来る為、三倍もの速さで成長してしまっているのだ。
ただでさえ成長の早い種を植えられてしまったというのに、なんとも不運なことだ。
琉峯はゆっくりと剣をしまう。
「東とは、陽の昇る、夜明けの場所。何度だって再生し、成長する」
「うぐっ・・・たす・・・て」
どんどん大きくなっていく植物はやがて、デルタ自身を覆い、飲みこんだ。
それはまるで幹のように、立っている。
顔を出した花たちは咲き乱れ、彩る。
ついには何処からか鳥たちがやってきて、宿り木を探す。
「ふう」
琉峯は他の場所の現状も気になり、瓦礫を飛び越えようとする。
そんな琉峯を見て、青龍はふと思う。
―なぜお前は俺に乗らない?
その質問に、琉峯は少しムッとしたような、むくれたような表情をする。
青龍に乗ってしまえば簡単に移動できるのに、今まで一度も乗ったことがない。
「・・・高い所は苦手なんだ。足が地に着いてないと落ち着かない」
そんな琉峯の言葉に、青龍は笑った。
普通は自分に乗りたがるものだと言われたが、琉峯はその台詞にさえも苦虫を噛んだような顔をする。
「残酷なほど、陽はまた昇る」
琉峯は瓦礫の山のてっぺんに立ち、自分の手を見つめて、強く握った。
―お前に与えられた力は、人を傷つけるものじゃあないからな。だが、その優しさは時に凶器にもなるもんさ。
「・・・ここの連中はみんな丈夫だから、大した怪我はないと思うけど。青龍はバロン達を頼む。俺は他を見てくる」
―わかった。
大きな鱗だらけの身体を捻らせて、結界を続けている琉峯の部下たちのもとへと向かっていった。
結界を張る場所は清蘭の力のお陰で常に強固に頑丈に時にしなやかに守られている。
その為、どんなに激しい戦いになったとしても、拠点が壊れることはない。
「琉峯様、御無事でしたか」
「ああ。それより、結界の方は」
生幻が息を吐きながら琉峯を出迎えた。
「羽見もバロンも続けています。何より、我々は青龍様によって守られていますので、こちらは心配なさらず」
「ああ、そうだな」
琉峯は青龍が封印されている場所に向かい、手を当てて何かを願う。
すると、それに返事するかのように青龍は輝きを増した。
「頼んだぞ」
ゴアを鎖で捕まえたうちに、麗翔は回り込んでゴアを蹴り飛ばした。
一瞬悲痛に顔を歪めたゴアだが、自分に巻かれた鎖を強引に引きはがし、麗翔の肩を掴んで口を開く。
「!!!」
その大きく開かれた口には、それ以上に大きな牙がキラリと光る。
その牙は麗翔の肩を思い切り噛む。
グサッと刺さった牙の重みと痛みに、麗翔は顔を歪める。
「死ね」
牙に噛まれながら、業火を出すゴア。
業火に包まれながらも、麗翔の肩を逃がすことはない。
それでも麗翔は歯を喰いしばる。
「冗談じゃ、ないわ」
「?何を」
麗翔は左手でゴアの顔面をガッ、と鷲掴みにする。
「南は陽が最も高くなり、孤独な者を示す一方で、自由を示すのよ」
ヒュンッ、と素早く短剣でゴアを切りつける。
ゴアは飛んで抵抗しようとするが、なぜか飛ぶことは出来なかった。
「!貴様!」
ゴアの靴についていた翼を切ったため、ゴアは空に逃げることは出来なくなった。
今度は鎖で麗翔に反撃しようとしたゴア。
麗翔は瞬時にゴアから距離を取ると、フェニックスから弓を受け取った。
「次で仕留めてやる」
ゴアが鎖を麗翔に向かって投げてくるよりも少しだけ早く、麗翔が弓を空に向かって射た。
「血迷ったか」
ニヤッと笑いながら、ゴアは鎖に業火を纏わせる。
その鎖は麗翔を包み込み、その回りには業火。
ゴアはその様子を見て、さっさとその場から立ち去ろうと踵を返した。
ドスッーーーー
「?」
ゆっくりと顔を下げると、自分のお腹には弓が突き刺さっていた。
「なん、だと?」
口からは、赤い液体が出てくる。
膝から崩れ落ちて行くゴアは、弓を引きぬこうとした。
返しになっているため、弓はそう簡単には抜けない。
「こんな、もの・・・」
だが、徐々に自分の身体の中が熱く燃えていることに気付く。
そして何より、ゴアの背中部分、弓の羽根が生えているところには、ゴア自身の武器でもある鎖がじゃらじゃらついていた。
鎖は持ち主のもとに戻っただけ。
意識が薄れていき、ゴアは眩暈に襲われる。
すると、麗翔を包み込んでいた鎖も炎も解けて行く。
―麗翔、大丈夫?
「ありがと」
フェニックスによって守られていた麗翔は、ゴアに近づいていく。
「鎖なんて、自由とは最もかけ離れた道具ね。そんなものじゃ、私は縛れない」
「戯言を」
「悪いわね。私の弓は私に似てて、曲がってるの」
なんて、冗談を言ってはみたが、麗翔とて軽傷なわけではない。
ゴアは立ち上がることも出来ない。
それを横目で確認すると、麗翔はもつれる足を動かす。
フェニックスが羨ましい、なんて思っていても、なれるわけではないが。
身体をフェニックスに預けていると、聞き覚えのある声が響く。
「麗翔、死んだか」
「失礼な男ね」
そこには、きっと戦いを終えたのだろう、琉峯が来ていた。
麗翔の傷を見て、琉峯が札を出す。
そして傷を癒す札を麗翔の傷口にくっつけしばらく様子を見る。
「痛むか?」
「平気よ、このくらい」
―琉峯、いつもすまない。
「いいんだ。煙桜や帝斗たちも無事だといいんだが」
「意外とタフよ、あいつら」
「俺は煙桜のところに行くが、麗翔はどうする?」
「行くわ。けどちょっと待って。可愛い部下の様子だけ見て行きたいから」
「・・・・・・可愛い部下か?あいつら?」
「口は悪いし性格歪んでるけどね」
「お、お前がなぜここに!?」
「天狗といいお前といい、どうしてこうも俺達も邪魔をする!?」
霧が晴れたとき、すでにエレナは大蛇によって捕まっていた。
ぐるぐると巻きつき、エレナの身体を締めあげる。
「ぐっ!」
エレナはなんとかここから逃げようと、自分の体内にある毒を排出する。
だが、全く効き目がない。
ネイドは狙いを大蛇から煙桜に変えた。
針を一気に何十本も投げ、もう煙桜は動けないほどの毒に蝕まれただろう。
そう思っていたのだが、煙桜は倒れることなくそこにいた。
「どういうことだ・・・」
「ああっ!!!」
後ろを向くと、大蛇に首を絞められたエレナがコテン、と倒れてしまった。
大蛇はエレナを地面に落した。
ネイドはエレナに駆け寄って呼吸を確認すると生きていたため、気絶させられただけのようだ。
エレナを横に置き、ネイドは再び煙桜に向けて針を飛ばそうとする。
「止めとけ。無駄に投げるな」
「なんだと!?」
「・・・もう、俺には届かねえよ」
「何を言って・・・!?」
良く見て見ると、煙桜の足下には沢山の鉄くずが落ちていた。
ネイドの投げた針は、煙桜のもとに届く前に、札によって錆びてしまっていたのだ。
「よっこらせ」
重たい腰を上げると、手に持っていた大鎌を虎にあずける。
「若造にはこれで充分だな」
「なっ!?」
瞬きするよりも速く、目の前に煙桜が現れ、ネイドを一撃する。
「ちっ。痺れさえなけりゃあ・・・」
煙桜としては納得してないようだが、ネイドは見事に喰らった一撃のせいで口の中を切っていた。
ずきずきと痛むが、そんなことお構いなしに煙桜の猛撃が続く。
大鎌は武器としては煙桜と相性が良いのだが、大振りすればその分隙が生まれる。
これまでの動きを見ていて、大鎌よりも武術の方が有利になると考えた。
思った通り、ネイドは瞬発力を生かして逃げることも出来ず、ただ煙桜にやられるのみ。
そしてあっという間に、決着は着いた。
「ククク・・・」
「笑うな」
大蛇から人間の姿に変わったその男は、着物を着崩しているため肩や鎖骨が見えている。
そして膝あたりまで伸びた長い黒髪。
虎を撫でながら、煙桜の体内に入ってしまったエレナの毒を解く。
「解毒くらいならしてやるが、痺れの方は毒じゃねえから、気合いでなんとかしとけよ」
「そもそも何しに来たんだよ、オロチ」
「俺様に会えなくて寂しがってんじゃねーかと思ってよ」
男、オロチは足だけを蛇に変えると、そのまま虎の背中に乗る。
虎は普段煙桜以外は乗せないのだが、オロチは振りおろしても巻きついてくるため、もう諦めて大人しくしている。
―鬼共はどいつもこいつも暇なのか。
「暇じゃあないよ。いつだってだらだらするのに忙しいんだから」
―そうかい。
「西は陽が沈む、死への道でもあり、終焉を示す」
身体にささった針を抜きながら、煙桜は呟いた。
「ったく。女とは戦いたくねぇってのに」
舌打ちをしながら、気を失っているエレナを見る。
「俺様が来て良かっただろ?老若男女問わず敵とみなせば同情さえしないこの俺様だからこそ、倒せたと言っても過言ではない」
「過言だ」
自分の長い黒髪をいじりながら、オロチは昼寝をし始めた。
そんなオロチを横目で見て煙桜が呆れていると、二つの影が近づいてきた。
「ほらね、ぴんぴんしてんじゃないの」
「あれ?オロチがいる?」
怪我をしている琉峯と、同じく怪我をしている麗翔。
琉峯によって痺れの方もなくなり、煙桜はオロチを叩き起こした。
「琉峯、麗翔、俺達はそれぞれの持ち場に戻ろう。あとはこの暇してるオロチがなんとかするだろう」
「ありがとうございます」
「頼り無いけどお願いね」
「なにその頼まれ方。俺様暇じゃない・・」
―俺が連れて行こう。
虎に首根っこを咥えられ、オロチは断末魔のような叫びをあげる。
そして、各持ち場に戻ることにした三人は、倒した大罪人たちを縛りあげたうえ、結界の外の異次元につながる箱に放り投げた。
「さて」
「でっかい亀だな」
ほー、と感心しているワ―グラだが、亀の背中にはもうひとつの影があった。
それは白蛇で、一瞬にしてグリムの身体に巻きついた。
「ちょ!何よこれ!嫌!」
ヌンチャクに札をくっつけ、それをグリムに向かって投げる。
グリムにそれが届いた刹那、白蛇はまたすぐ亀のもとに戻っていく。
「!!!!!!!!」
グリムの身体が、地面と共に沈んで行く。
「!?グリム?」
様子のおかしいグリムに近づこうとしたワ―グラだったが、足を止める。
「重力か・・・」
グリムの身体はズンズンと重力によって地に沈み、さらには呼吸さえままならない様子。
なんとか呼吸を試みようとするグリムだが、上手くいかない。
「待ってろ。今そこから・・・!!」
どれほどの重力かわからないが、グリムの身体のどの部分かだけでも脱出出来れば、と考えたワ―グラ。
だが、そんなワ―グラの目の前に、亀が立ちはだかった。
「邪魔だよ、どけよ」
ワーグラが亀の足下の土を崩そうとしたとき、亀の下にいた帝斗が立ち上がる。
「ぺぺっ」
何度か咳をすると、帝斗の口からは何かがコロン、と飛び出て来た。
「ったく。毒凍らせるのは意外と疲れんだよ」
「なん、だと!?」
帝斗は、グリムによって体内に蓄積された毒を凍らせキャンディーのように丸め、口から出したのだ。
ワ―グラは亀から帝斗に狙いを変え、攻撃をする。
だが、それら全てが、重力の札によって防がれてしまう。
帝斗がワ―グラに近づいていく。
「ちっ」
体術なら得意だと、ワ―グラは帝斗に向かって何度も攻防を繰り返す。
自分の力にも自信はあった。
だが帝斗の一撃一撃には、重みを感じる。
それが帝斗の力によるものなのか、何か細工をしているのか、分からない。
確実に言えることは、勝てる要素があまりに少ないことだろう。
そんな中、帝斗が口を開く。
「北とは、始まりであり起源を示す」
「なにを!?」
攻撃の全てが重力のように重いが、それでもワ―グラは足元を狙って攻撃を続ける。
今度は帝斗は手にヌンチャクを持ち、ワ―グラのお腹に一撃を入れた。
怯んだ隙に、帝斗はヌンチャクを剣に代え手に取り、ワ―グラの片腕を切り落とした。
「!!!ぐあっ!」
激痛が身体中を駆け巡り、ワ―グラは思わずその場に膝をついてしまう。
「大人しく寝てりゃあ良かったんだよ」
そう言うと、片腕がなくなったワ―グラの背後に移動し、首裏をつき気絶させた。
結界外の箱に二人を運ぶよう亀に告げると、帝斗は足を進める。
「さてと」
他の奴らは無事かどうか、生きているのか、どうなのか。
ただ歩くだけなのに、身体がフラフラする。
「!」
踏ん張れない。
そのまま帝斗は仰向けに倒れてしまった。
戦いなんて言葉を知らないのだろう、そこにある空をただ眺めた。
「参ったな、こりゃ」
そう簡単に死ぬ奴らではない。
きっと大丈夫だと、自分に言い聞かせることしか今は出来ない。
その時、無線が入った。
耳に丁度はまるサイズのソレをつけると、そこからは舌打ちが聞こえてきた。
《生きてるみたいだな》
「はっ。悪いな、生きてて」
《琉峯と麗翔も無事だ》
「そりゃ結構なことだ」
だが、一つだけ気になることがある。
琉峯、麗翔、煙桜、そして帝斗と戦った大罪人たちの中の名に、足りないものがあった。
それは清蘭のところに最初から行ったのだろうとすぐに理解出来た。
「動けるようになったら、様子でも見に行ってくるよ」
《おい待て、オロチが戻ってきたぞ。どういうことだ》
「オロチ?」
今のは帝斗に話したわけではないようだ。
《煙桜と酒でも飲もうと思って戻ってきたんだよ。俺様と飲みたいだろ?》
《悪い、一旦無線切るぞ》
「あ、ああ」
無線が切れる瞬間、向こう側からオロチの叫び声が聞こえてきた。
何があったかは分からないが、きっと煙桜をキレさせたんだろう。
とにもかくにも、少し休もう。
それから、最後の一人を探しに行こう。
「ちょっと様子を見てくる。そこにいるのじゃぞ」
そう言って、座敷わらしはそーっとドアを開けて外の様子を窺う。
すると、そこには鳳如の頭を片手で鷲掴みしているジョーカスの姿が。
「!!!」
鳳如は血だらけで、意識さえあるのか判断できないほどだ。
その鳳如の姿に、座敷わらしは泣きだしそうになる。
「ぴえーーーーーーーーーー!!!!」
いきなり泣きだしたからか、ジョーカスは鳳如を掴んでいた手を離し、頭を押さえだす。
ワンワン泣き出した座敷わらしに、ジョーカスはなんとか距離を縮めようとする。
足を少しずつ動かし、座敷わらしの前に立ちはだかるように佇むと、片足をあげて蹴飛ばそうとする。
だが、それは叶わなかった。
「まだ刃向かうか」
「っ・・・」
座敷わらしを蹴飛ばすために上げられた足は、鳳如によって取り押さえられていた。
そしてそのまま、ジョーカスを振り回し、投げ飛ばす。
未だ泣いている座敷わらしに近寄ると、鳳如はゆっくりと優しく頭を撫でた。
「っく・・・」
それに落ち着きを取り戻したのか、座敷わらしは声を抑えた。
本来立つだけで痛みを感じているだろうその痛々しい身体に、思わず目が行く。
だが、鳳如はいつものように笑う。
「その面不細工だから、早く泣きやめよ」
その後ろでは、ガラガラ、と音を立ててジョーカスが立ち上がる。
頭を撫でていた動きを止めると、背後の男に向かって、こう告げた。
「俺は、本来穏やかな性格だ」
ほんの一瞬で鳳如のすぐ後ろまで来ていたジョーカスは、殺気剥き出しだ。
鳳如に向けられた蹴りは、受け止められていた。
「どんなに速くても、慣れてくるもんなんだよ」
スピードは目で追えるほどまでに慣れてきた。
攻撃をかわすことも、こちらから仕掛けることも出来るようになった。
慣れてくると不思議なもので、自分のスピードもあがる。
たまたまか、狙ってか、だがそれは確かにジョーカスの片目を切った。
「・・・!」
目から血が流れ出て、それをただじっと見ているジョーカス。
「俺を本気にさせるな」
血をしばらく見ていたジョーカスは、身体中を殺気で覆い、鳳如を睨みつけた。
すぐにでも鳳如を殺そうと足に力を入れたジョーカスだったが、足下にはすでにトラップが仕掛けられていた。
少しでも動こうものなら、きっとすぐに爆発を起こすだろう。
通常であれば、怖気づくところなのだが、生憎ジョーカスはそんなもの知らない。
鳳如に突っ込んできた。
ボンボン、と次々に爆発していき、それによって煙が生じた。
「俺は負けない」
煙の中ひたすら進み、ジョーカスはとある気配を感じると、そこに腕を押しつける。
「ぐはっ・・・」
鳳如の身体を貫き、苦しむ姿を眼前にしたまま腕を横に動かして身体を引き千切った。
「終わりだ」
ぐらっと鳳如の身体が倒れる。
だから、気付くのが遅れてしまったのかもしれない。
鳳如の身体から、何かが飛び出て来て、それらはジョーカスの身体にくっついた。
「!?」
「よくもまあ、こんなに簡単にトラップにかかってくれること」
薄れゆく煙の中から、鳳如が現れた。
ジョーカスが倒したと思っていた鳳如は、本物の鳳如が仕掛けた罠にすぎなかった。
そして、その罠の身体から出てきたのは、ジョーカスが始め服につけていた封印の札。
軽く飛んでジョーカスを後ろから前のめりになって倒し、首筋に麻酔を打つ。
「うがーー!!止めろーー!!」
「静かにしろっ」
札をつけられ、麻酔を打たれても尚暴れようとするジョーカス。
これだけまだ暴れる元気があるのかと感心するところもあるが、もう一本麻酔を打とうとした鳳如。
その時、座敷わらしがキャッキャッと笑いだした。
「?」
なんだと思ってそちらを見ると、座敷わらしは一人の男の片腕に収まっていた。
その男を見ると、ジョーカスも瞳孔を開いて呼吸を乱す。
「本当に、俺達とは縁を切ったってことか」
男の姿に、ジョーカスが口を開いた。
男は色を基調としたシンプルな着物を着ており、黒髪はさらっとしている。
どちらかというと長めの髪で、前髪は二本顔の前にかかるほど。
後頭部よりも下の部分は白くなっているが。
そして何より、腰にひょうたんの形をした入れ物に酒と書いてあるものをぶら下げている。
座敷わらしも懐いており、まるで違う次元の空気を纏っているような男。
ただひとつ、確実に言えることと言えば、その“圧倒的な存在感”だろうか。
そして一言、ジョーカスに告げる。
「お前の負けじゃ」
すると、今まで暴れていたジョーカスは深い眠りにつかされてしまった。
「ざっと軽く見積もって、五〇〇年ってところかのう・・・」
「はは。全く、毎回良いとこ持って行ってくれるよな、ぬらりひょん」
ぺたん、と力尽きたように座りこむ鳳如。
その鳳如の横で眠ってしまったジョーカスを見下ろす男。
男の名は、妖怪総大将、ぬらりひょん。
天狗ともオロチとも酒をたまに飲むようだが、ぬらりひょんは自他共に認める酒豪。
腰にぶら下げた燃料を手に取り飲もうとすると、座敷わらしが暴れ出す。
「酒臭いのは御免じゃ!」
「ちっ。なら早ぅ下りんか」
まだ小さい座敷わらしをポイッと放ると、鳳如の頭に乗っかった。
そしてグビグビ酒を飲み始める。
「俺も一度でいいから御手合わせ願いたいねー」
「誰じゃ」
「帝斗だよ。どうしたの?」
身体が動かせるようになった帝斗は、しばらく前から鳳如の戦いぶりを見ていた。
それだけでも充分興味を持ったのだが、一番興味を持ったのは、明らかに自分たちとは違う空気を放つその男。
ニコニコと笑みを作って現れた帝斗に、ぬらりひょんはまた酒を仰ぐ。
「ワシとやりあいたいなら、まだまだ修行不足じゃな」
「わかんねぇじゃん?」
「止めときな、帝斗。帝斗なら分かるはずだろ、こいつには敵わねえって」
ひしひしと感じる威圧感。
天狗のときにも感じたが、それ以上のものを感じる。
「俺もずっと気になってはいたんだ」
鬼は自分たちにとって敵だというのに、いつからか、いや、ずっとなのか、四神の味方となっている。
味方という言い方をすると、否定はされるが。
「なんであんたら鬼が、同じ鬼を倒すわけ?」
「鬼は鬼を倒してはいかんか」
「そうは言ってねえけど」
不穏な空気を察したのか、座敷わらしは鳳如の頭から下りて、清蘭のいる部屋へと行ってしまった。
きっと今頃、清蘭の膝の上でへらへら笑っているのだろう。
「ワシらはワシらのやり方がある。主らの敵でもなければ、味方でもない」
「じゃあなんで・・・」
「ワシらは先代の孫を守るのみじゃ」
「孫って・・・?あ?あいつか?」
そう言いながら、帝斗は先程この場から逃げて行った一人の少女を指さした。
「故にワシらは自ら助けはせぬ。先代が孫を守ってほしいと言い、その孫がなぜかあの女子を気に入っておる。それ以外の理由は今のところ皆無じゃ」
「あ、そうなんだ」
へー、とあっさり引き下がった帝斗は、両腕を頭の後ろで組んだ。
「ま、今の俺じゃ、あんたとやりあったってまともに戦えもしねーだろーし、今日は大人しくするよ。それより・・・」
「それより?」
「酒、飲もうぜ?」
帝斗の急な提案により、元帥たちと鳳如、他にぬらりひょんにオロチまで集まってしまった。
とはいえ、すでにオロチは煙桜のところで酒を飲んでいたのだが。
「ワシは大勢で飲むのは好かぬ」
「俺様大好きー」
「ちょっと、それ私の分よ!取らないでよ!」
「堅いこと言うな。飲んだもん勝ちだ」
元帥たちの中心にはなぜかオロチがいて、酒を次々飲み漁っていく。
ぬらりひょんは少し離れた場所で、一人のんびり飲んでいた。
その近くでは、鳳如が一人酒をしている。
「騒がしい連中じゃ」
「たまにはいいんじゃない?」
ぐびっと酒を飲みながらため息を吐くぬらりひょんに、鳳如が答える。
「面白い連中だろ?」
その問いかけには、何も答えは返ってこなかった。
「どいつもこいつも、自己犠牲をいとわない困った奴らさ。昔のお前を見てるみたいだ」
そう言って、御猪口に注いだ酒を飲む。
空に見えるは満月、ではなかったが、欠けていても月は月。
雲がほとんどなく、空は星に埋め尽くされている。
「お前とこうやって酒を飲めるのも、あいつらのお陰ってとこか」
「主はそろそろ忘れても良い頃じゃ。いつまでも贖罪に支配されていては、今後にも影響をきたす」
「俺の代わりはいるさ」
「争いも戦いもないのが願わしいのじゃ」
「まあ、それが何よりだな」
二人の会話は風に消え、そのうちぬらりひょんは去って行ってしまった。
少し酔っぱらった帝斗が鳳如のもとに来てはみたが、ぬらりひょんがもういないことを知ると、大袈裟に肩を落とした。
「なんっだよ。折角お近づきになれたと思ったのに・・・」
ガクン、と下を向いたまま帝斗はまたみんなのいる輪へと戻って行った。
酔いつぶれた四神をよそに、オロチは鳳如に「俺様も帰る」とだけいって、帰って行ってしまった。
見送りをした後、背中に気配を感じた。
「琉峯、起きてたのか」
「はい。俺は飲めないので。・・・もう、行ってしまったんですね」
「まあな。けど、あいつらはそれでいいんだよ」
「何何?二人して、ノスタルジー?」
鳳如と琉峯の間に顔を出し、両手を広げて片方ずつ腕を肩に乗せた帝斗がいた。
「酔っ払いが」
琉峯は思わず帝斗の酒臭さに鼻を摘まんだ。
「これっくらいで酔うかよ。俺ぁ、まだまだいけるぜ」
説得力はゼロに近いが、酔っ払いをまともに相手にもせず、適当に相槌を打つ。
「煙桜は?」
「部屋に戻った。まだやることあるからってよ。っかー、仕事熱心だこと」
茶化すように言う帝斗から逃れると、琉峯も部屋に帰って行った。
みんなで酒を飲んでいた場所には、麗翔だけが酒瓶を抱えてすやすや寝ていた。
「で、酔った振りまでして、俺に何か用か?」
「あれ、バレてた?」
すっきりとした顔に戻った帝斗。
「あーあ」
急に帝斗が声を出し、ため息を吐く。
「ま、いいや。人には他人に話したくねぇことの一つや二つ、あるだろうからな。野暮なことは聞かねえよ。今日んとこは俺も帰るよ」
「それは有り難いが、麗翔どうするんだ」
負けず嫌いも良いとこで、飲まなければいいものを負けじと飲んでいたからあの様だ。
「・・・朱雀メンバー呼べば?」
「そうだな」
その後、鳳如から連絡を受けた亜衣奈たちが麗翔を抱えて帰って行った。
鳳如はそれを見送ると、清蘭の部屋に入る。
「御怪我はありませんか?」
「心配無用じゃ。主らの方が怪我をしたであろう。ゆっくり休んでくれ」
「あーあー。呑気に寝やがって、こいつ」
清蘭の膝には、座敷わらしが子猫のように丸まって寝ていた。
「では、失礼します」
一人になり、鳳如は自分の手を眺めた。
そしてぎゅっと強く手を握ると、その場から立ち去って行く。
「どうじゃった」
林檎を頬張る男がいた。
「まあまあじゃ」
その横で、酒を煽る男がいる。
「拭い去れぬ過去は、時に争いよりも残酷なものじゃ」
酒を飲む男は、その言葉を紡ぐと姿を消した。
そして、男が消えてからも、林檎を齧る音は止まなかった。
「戒めと共に生きるも、また浮の世じゃ」
誰にも聞こえない答えは、その男にのみ届く。
時代と共に薄れゆく存在もまた、歴史と共に葬られてゆく定め。
「ワシらもまた、古き理よのう」
「はいはーい、そろそろ起きてくれるかな?」
「・・・その起こし方、なんとかならねえのか」
「優しくした心算なんだけどなー?」
急遽会議となったはいいが、珍しく寝坊してきた煙桜を鳳如が直々に起こしに来たのだ。
なんというか、煙桜をベッドから突き落とすという、なんともデンジャラスな起こし方ではあるが。
無事に目を覚ましたようだ。
「あー、首が痛ェ」
「寝違えたんじゃない?」
「お前の起こし方のせいだろ」
すでに集まっていた三人と合流すると、鳳如はにこりと笑う。
「それじゃあ、始めるよ」
何の用かと思えば、鳳如は少しの間今の席を外れるという。
何処かに行って何かをするために何かを受け取ってくるだけのようだが、眠くて正直なところ覚えていない。
「どのくらいかかるんだ?」
「まあ、早くて一年かな?長いと五年以上かかると思う」
「じゃあ、その間は会議とか無しってこと?」
「そこでー」
さらに深い笑みを見せると、鳳如の口から意外な人物の名が出た。
「オロチ!?」
「そっ!」
「オロチの野郎の言う事なんて、俺ぁ絶対きかねーぞ!!!」
ガタッ、と大きな音を立てて拒否をしたのは、誰であろう煙桜だ。
それを帝斗が押さえてるが、横では琉峯がじーっと眺めている。
「私も嫌―。なんでオロチ?確かに強いかもしんないけど、なんか人をまとめるとか、そういうのには向かないと思うのよね」
「俺も俺も。天狗とか、総大将だっているのに、なんでオロチ!?」
麗翔が足を組んで頬杖をつきながら、目を細めて言えば、それに乗っかる様にして帝斗が口を開く。
すると、鳳如が真剣な顔をする。
それには、思わず煙桜も暴れるのを止めた。
「それはね・・・」
ごくり、と全員の唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
「二人には断られたからだよ」
「は?」
一拍おいて、鳳如はケラケラ笑いながら説明を始める。
「俺だってね、最初は頼んだんだよ?ぬらりひょんにも天狗にも。あの二人だったら、絶対にみんなOK出すと思ってさ。けど、二人して嫌だって言われてさー。座敷わらしの遊び相手しなきゃいけないとか、座敷わらしの面倒見るのは嫌だとか、座敷わらしが我儘になりそうだから嫌だとかね。妥協して適人じゃないと思ったけどオロチに頼んでみたら、快く受け入れてくれてね!もうここは四の五の言ってられないし。ま、俺が戻ってきたらオロチはすぐ外すし。君たちならきっとなんとか出来るよ!」
「・・・いや、断られたのって、座敷わらしのせいじゃねーか」
「消去法ね」
「なんだろう。この敗北感」
「俺しばらく部屋に籠る」
まあ、それぞれ思う事はあっただろうが、鳳如はよろしくーと軽く手を振った。
「じゃあ、頼んだよ。・・・琉峯元帥」
「はい。お気をつけて」
「麗翔元帥」
「お任せください」
「煙桜元帥」
「この身に代えましても」
「帝斗元帥」
「お早い御帰りを」
それからすぐに鳳如は何処かへ出かけてしまった。
入れ換わりにオロチが来たが、鬼が四神に入るなんて異例だろう。
だがそれでも、鳳如の人選だからこそ、彼らはその指示に従う。
「オロチで大丈夫かのう」
その様子を、木の上から見ている男がいた。
手には林檎を持ち、背には大きな扇子をさしている。
「奴はこれが狙いじゃ」
もう一人の男は、黒髪で腰に酒を下げていた。
「ワシらが断ることも、オロチが受けることも、そのオロチが不安要素となって様子を見に来ることも、あの男の計算のうちじゃ」
男は、酒を飲んだ。
「本当に、喰えん男じゃ」
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