夢の中の島

九二十 しゃふ

夢の中の島

 寝ている時見る夢というのは、今まで経験した出来事や脳に蓄積した情報を整理するために見るという説がある。

 先ほどまで覚えていたのに曖昧で、なんとなくしか覚えていなかったり、全くもって覚えていなかったりするのも、脳での情報の整理を終えたから夢の内容を残しておく必要が無いから曖昧だったり、覚えてないと考えると合点がいく。

 ……つい最近見た夢が無ければの話だが。


 その夢はとても鮮明で、はっきりと覚えている。


 始まりは、波打ち際の砂浜だった。

 そこに私は、倒れていた。

 波の音で目が覚め、辺りを見回した。

 だがそこには人の姿は無く、砂浜に落ちている流木と目の前に広がる木々の生い茂った森くらいしか回りに見えるものは無かった。

 あまりにも感覚がリアルで現実かと思ったが、そうでは無いとすぐ確信に変わった。

 空に月でも太陽でもない星があったからだ。


 ――地球だ。

 地球が空にあったのだ。

 そこで私は、これは夢だと思ったのだ。

 そうなれば不安に思うことは何も無い。

 都市伝説では、そのまま覚めなくなる悪夢みたいなのも聞いたことがあったがおそらくそういう悪夢の類いでは無いだろうとそう思った、思うことにした。

 とりあえず私は、目の前にある森に入ることにした。


 森の中は入ってみればちゃんと道のようなものがあった。

 道といっても整備された道というよりは、ただ人がここを通った事があるだろう、というくらいのほぼ獣道の様なものだが。

 そのまま道なりに進んでいくと開けた場所に出た。

 様々な花が植えられ、花畑の様な場所だった。

 その中心に小さな丸太小屋が一つポツンとたっていた。

 そこに近づいていくと、小屋の近くにあった丸太に座り、本を読んでいる少女に声をかけられた。

「初めまして人間さん、こんなとこに迷い込むなんて珍しいわね」

 少女の見た目は十代後半くらいに見える。

 具体的にいえば高校生くらいだろうか、綺麗な白いロングヘアーに金色の目に肌は雪のような白さだ。

「迷い込む?ここは私の夢の中だろう?それに人間さんだなんて大層な挨拶だな、まるで君は人間ではない言ってるよな挨拶だな」


「貴方の夢でもあるし、違うとも言えるわね

 ここは、夢の中にある無数の世界の一つよ

 そうね……名前をつけるとすれば夢島ドリーム・アイランド

 それと私は、貴方の言った通り人間じゃないわもっと上位の存在よ」

 少女は私の質問に本を読みながら答えた。

 しかも人間より上位の存在とかいうこれが自分の夢かどうかよりとても気になることを添えて。

「ここが私の夢とは言い難いってことはわかったが、君が――」

「シュブよ」

「ん?」

「私の名前、シュブって呼んで」

 少女は私の言葉を遮り自分の名前を伝えてきた。

「……ええっとシュブさんが人間より――」

「"さん"は要らないわ」

「シュブちゃん?」

「絞め殺すわよ?」

「すいません」

 シュブちゃんと呼んだ瞬間にこっちを睨んで絞め殺すと殺害予告された。

 睨まれた瞬間にまるで心臓を捕まれ、握り潰されそうな感覚に陥って咄嗟に謝ってしまった。

 高校生くらいに見える少女に謝ってしまった。

「……でシュブが人間より上位の存在っていうのはどういう事なんだ?」

「そのままの意味、人間が言う天使や悪魔、或いは神みたいなものよ」

 シュブはまた本に目を落としそう淡々と答えた。

「てことは、その姿も仮の姿って所か?」

「そうよ」

「本当の姿はどんな感じなんだ?」

「……もし本当の姿なんて見たら貴方、廃人になっちゃうわよ?」

 シュブは少しこちらを見たあと、そう言ってきた。

「そんな大袈裟な、夢の中でどれだけヤバいもの見たって廃人になるなんて事あるわけ無いだろう」

 私はそう言って笑った。

「そう……なら少しだけ見せてあげるわ、私の目を見て」

 そう言ってシュブは本閉じて私の方を見た。

 私は、いわれた通りシュブの目をじっと見つめた。

 瞬間脳内に一つのイメージが流れてきた。

 流れてきてしまった。

 触手や粘液を垂れ流す口、黒い蹄を持った足が見え隠れする黒い雲状の塊。

 羊のようで羊とは別にも見える。

 はっきりとした違和感、不快感がある。

 そして、どこか冷笑的な存在。

 見てはいけない。

 知ってはいけない。

 神の中でも邪神。

 邪神の中でもその上位の存在。

 私たちの常識の外の存在。

 そのまま飲まれていく………………



 

「……だから言ったのに」

「!?」

 気がついたら元の丸太小屋の前にいた。

 その場にへたりこんでいたようだ。

 汗が止まらない。

 目の前の少女が人知では計れないナニかだという事に恐ろしく恐怖した。

 まだ、精神を失っていない自分を褒めてやりたい。

「今のが……本当の姿……?」

「今のはただの幻影みたいな物よ、大体そんな感じってイメージを貴方の頭に送り込んだの、それでも弱い人間なら廃人になってたわね。」

 ……本当に廃人になってない自分を褒めてやりたい。

「貴方結構精神強いのね、大したものだわ」

「上位存在様に褒めてもらえて嬉しい限りだよ。」

 私は立ち上がり、精一杯の虚勢を張った。

「そんな呼び方止めてちょうだい、今まで通りシュブって呼んでくれると嬉しいわ……私の姿の一端を見たあとだから無理にとは言わないけど」

 少し寂しそうな声でシュブはそう言った。

「じゃあそうさせてもらうよシュブ」

 そう言うと彼女は少し嬉しそうに微笑んだ。

「貴方の事少し気に入ったわ、面白い人」

 私は、神様に気に入られたようだ。

 嬉しいか嬉しくないかでいえば、嬉しい5割、恐ろしい5割のフィフティーフィフティーである。

「……もうそろそろ時間のようね」

 そう言ってシュブは本を閉じた。

「どういう事だ?」

 私は首を傾げる。

「自分の姿を見てみなさい」

 シュブがそう言って私の方を指差した。

 見てみると体が少し薄くなってきていた。

「覚醒の時間が迫ってきてるのよ、あと10分もすれば強制的に現へと帰るわ、つまり夢が覚めるって事よ」

「成る程」

 少し自分の姿を見てぎょっとしたが、私が慌てる前にシュブが説明してくれたので、取り乱さずにすんだ。

「帰る前に貴方にこれを渡しておくわね」

 何か光る玉を渡された。

 それは手に持つと光の粒となって私の中に入って来た。

「……これは?」

「ここへ来るためのパスポートよ、またここに来ることが出来るわ……まぁいつ来れるかはわからないけど」

 なんとも曖昧なパスポートだ。

「でも、ここに来る事が必要になるとき必ず来れるわ」

「必要なときって?」

「私に助けて欲しい時とかじゃないかしら?」

「シュブに助けて欲しい時って恐らく自分じゃどうにも出来ないものに出会った時とかになるだろ……そんなのに会いたくないな……」

「それもそうね」

 そう言ってシュブはクスクスと笑った。


 今更ながら、シュブには名前を教えて貰ったが、私は彼女に名前を教えてないことを思い出した。

「そうだ、シュブ私の名前を教えるのを忘れていたよ。

 私は――」

 そこで目の前が段々と暗くなっていって、何かに引っ張られる感覚が襲ってきた。

「……!……!」

 声が出ない。

「貴方の名前は次こちらに来た時に聞かせてね」

「それじゃあまたね、面白い人間さん」

 最後に見た光景はシュブがこちらに手を降り微笑んでいた。


 ……私は目を覚ました。

 いつもの部屋。

 ある意味凄く刺激的な夢だった。

 時計を見ると、まだ午前6時頃だった。

 二度寝したら確実に寝坊なので、風呂に入り、眠気を覚ます。

 本当に夢だったのだろうか……もし夢だったとしても普通の夢ではないだろう。

 そんな事を考えながら私は、いつも通りの日常に戻っていった。

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