第3話出会いと別れ



ハーメルンの笛吹き男と子供たち

出会いと別れ




人間は、死ぬことを密かに望んだので戦争をしたのである。


自己保存の要求は極めて深いものかもしれないが、死への欲情はさらに深い。


   C・ウィルソン










 翌日、ライアは起きてすぐに少女を探した。


 お世話になった宿の主人に聞いたところ、少女はいつも街外れの方に向かって帰るということだった。


 大体の方角を聞き、あとは自分の勘で歩いていく。


 「この辺かな?」


 昨日の御礼をしようと、宿の主人に果物とおにぎりを作って貰った。


 「あ」


 確かに、街外れに少女はいた。


 自分で建てたのだろうかは分からないが、小さなテントが張ってあり、そこにいた。


 「こんにちは」


 「?」


 盲目の少女は、きっと声や少しの臭いなどを集中させていることだろう。


 「昨日、宿を見つけてもらったんだけど、覚えてる?」


 「!うん!お兄ちゃん!」


 にぱあっと笑うと、少女は手探りでライアの洋服の裾をつまんだ。


 そしてテントの中に案内した。


 「えっと、確かダリアちゃんだよね。これ、宿の人に頼んで、おにぎり握ってもらったんだ。それに果物も。良かったら食べてね」


 「ありがとう!」


 ニコニコと良く笑う子だな、とライアは思った。


 全てが手探りで、見知らぬ大人が静かに入ってきても分からないだろう。


 いや、小さいテントだから入っては来れないのか、と考えていると、ダリアはライアに何かを見せてきた。


 「これは、写真?」


 「うん!お友達なの!」


 その写真には、ダリアと、もう一人。


 おでこは出ていて、ロングのカールの髪型をしている少女が写っていた。


 「ミントって言うの!でも、ミントはお布団から出られないの。身体は良くないんだって。もうずーっと会えてないの」


 詳しく聞いてみると、ミントという少女はこの街一のお屋敷のお譲さまで、産まれつき身体が悪いらしい。


 ここ半年くらいで病状が悪化し、一番仲の良いダリアでさえ会えないと言われたようだ。


 「ここに一人で、寂しくはない?」


 「うん。だって、ずっと一人だもん」


 なんだかその言葉が無性に自分と似ていて、ライアは笛を取り出した。


 「音楽は嫌い?」


 「大好き!」


 ダリアの笑顔を確認すると、ライアは笛を吹き始めた。


 初めて聴くその音色に、ダリアは見えないはずの音を感じていた。


 それは、まるで天使のように囁きながら唄う。


 ふう、と演奏を終えると、ダリアは何度もライアにねだった。


 ライアは仕方なく夕方までダリア専用の音楽家となった。


 夕方になってダリアが寝入ってしまい、毛布をかけてテントを出る。


 「ここ、のはずだよな」


 ミントがいるという屋敷に来ていた。


確かに、この街の風景には似つかわしくないほどの立派な屋敷があった。


 屋敷への道とライアを引き裂いている、三m以上あるだろうか、大きな門。


 「すみませ・・・」


 一応声をかけてはみるが、全くといってよいほどに人の気配が感じられない。


 ギィ、と鍵の閉まっていなかった門に、ライアはコソコソと敷地内へ入っていく。


 手入れの滞った庭に、生気の感じられない池の鯉。


 大きな窓から中の様子を窺うが、やはり誰もいない。


 屋敷の中に入ることは悩みに悩んだ末、止めた。


 屋敷から出てダリアに何と言おうかと考えていると、街で絨毯を売っている男に声をかけられた。


 「兄ちゃん、あの屋敷の人かい?」


 「いえ。あの屋敷って、人が住んでいるんですか?」


 男はライアを手招きすると、顔を近づけて小声で話す。


 「この街で戦争が起こるなんて噂がちょっと前に流れてな。その噂を聞いた途端、屋敷の主人は、奥さんから子供、家政婦たちまで連れてさっさと逃げ出しちまったのさ」


 「今は何処に?」


 「さあなあ?なにせ、その噂から半年くらい経つからな。その噂も嘘に決まってるぜ」


 男の自信たっぷりなその言葉に、ライアは首を傾げる。


 「こんな街襲ったところで、何もないさ。そうだろ?街が潤っていたのだって、もう昔の話さ。今は俺みたいな暇人が、ちょいと商売してるだけさね」


 男の言葉にライアが何も言えずにいると、男はガハハと大きく笑った。


 「まあ、兄ちゃんも旅人だろうから、色んな街を見てみるといいさ」


 「はい。ありがとうございます」


 気がつくと陽がくれそうになっていた。


 ダリアのテントへと向かうと、ダリアはパンの耳をもぐもぐと食べていた。


 人の気配を感じたのか、ダリアが手を止める。


 「ライアだ。ダリアちゃんの友達のところに行ってきたんだ」


 「!!ミント、元気だった?」


 「・・・うん。元気そうだったよ。


でも、まだ会えないって」


 「・・・そっか」


 嘘をついてしまったことに対して申し訳ないとは思ったが、逃げた、などとは言えなかった。


 「ねえ、お兄ちゃん」


 「ん?」


 「お空って、どんなの?」


 「お空?」


 「私、朝のお空も夜のお空も見たことがないの。でも、明るいとか暗いとか、なんとなくわかるの。お空には大きな太陽っていうのがあるんだって、おじさんから聞いたの。けど夜にはお月さまに変わっちゃうんだって。なんでかな?」


 産まれてから一度も見たことがないというダリアの想像している世界は、どんな色なのだろうか。


 こんな荒んだ世界に希望を持っているのなら、嘘を貫いた方が幸せなのだろうか。


 ライアはなんと答えようかと思っていた。


 物理的なことか、感情的なことか、ダリアの期待している答えなど、わからない。


 「とても、綺麗だよ」


 「太陽とお月さまは、仲良くないの?喧嘩してるの?だから一緒にいないの?」


 「ええと」


 太陽や月をどんな存在だと思っているのだろうと、ライアは言葉に悩む。


 まるで人間や動物を相手にしているかのように聞いてくるダリアに、決して悪気はない。


 ただ、純粋に興味があるのだ。


 「喧嘩なんてしてないよ。ただ、ダリアちゃんが夜に眠る様に、太陽とお月さまも、休む時があるんだ」


 「寝てるの?」


 「うん。太陽が元気に働いてるときには、お月さまはお休みするんだ。お月さまが働く時には、太陽がお休みする。だから、毎日太陽にもお月さまにも会えるんだよ」


 「そっか!良かった!喧嘩してるのかと思ってた!」


 にっこりと笑って、ダリアはライアを探すように手を動かした。


 自分に近づいてきた小さな手を掴む。


 「お兄ちゃん、一緒にお空見よう!」


 「そうだね」


 目が見えているのはライアなのに、先導するのはダリア。


 ダリアには何か見えているのではないかと思いたくなるほど、動きが良い。


 小さな手を握りしめたまま、ライアは夜空を見上げる。


 そこに瞬く無数の星も、闇夜を照らす煌々と照る月も、ダリアには見えていない。


 「お兄ちゃん、お空は、どんなの?」


 隣を見れば、空を探すように首を動かすダリアの姿。


 ライアは両膝を折って繋いでいた手を解く。


 両手でダリアの頬を覆うと、そのまま空が見える角度まで動かす。


 「今、ダリアちゃんの目の前に広がってるよ」


 「ここに、あるの?」


 「うん」


 両手を頬から離すと、ダリアはまたライアを探す。


 その手を再びそっと掴むと、ダリアはぎゅっと強く握り返してきた。


 「綺麗だね」


 「!?ダリアちゃん?見えてるの?」


 「ううん、見えないよ」


 ゆっくりと横に首を振ったダリア。


 「でも、お兄ちゃんが綺麗だって言ったから。きっと、すごく綺麗なんだなーって思ったの!」


 絵本も読むことが出来ないダリアは、必死で生き抜く術を身につけたのか。


 幸運なことと言えば、この街の人間は、そんなダリアを邪険にせず、面倒をみてくれていることだろう。


 騙すこともせず、親が亡くなってからも良くしてくれていたようだ。


 まだ小さいダリアが一人で生きて行くことは難しい。


 何人もの人がダリアを引き取ろうとしたのだが、ダリアはそれを断った。


 そういう経緯もあり、ダリアはなんとか変な輩にも関わることがなかった。


 しかし、ライアには気になることがある。


 「(あの戦争の噂は、なんだったんだ?)」


 こんな平和な街に戦争の噂を流したところで、誰も信じはしないだろう。


 それなのに、屋敷の主人はすぐに逃げた。


 「(その噂を裏付ける何かを聞かされたのか?)」


 うーん、とライアが悩んでいると、突然、ダリアが袖を引っ張ってきた。


 「?どうした?」


 「お兄ちゃん、どうかしたの?」


 「え?」


 声に出してしまったのかと思ったライアだが、そうではないようだ。


 「お兄ちゃんの空気が、なんとなく、変わったから」


 生まれながらに盲目となったこの少女は、自然と常人以上の何かを得たのだろうか。


 「大丈夫。それより、寒くなってきたから、今夜はもう寝ようか」


 「うん!」


 ライアは、は、とした。


 今日泊まるところも何も探してはいなかったと。


 だが、初日にダリアが教えてくれた宿に行くと、快く泊めてくれた。


 「さて」


 シャワーを浴びてベッドに腰かけると、ライアは例の噂について考え始めた。


 とはいえ、何も情報はないのだ。


 明日あたり、もう一度屋敷に行ってみようと思い、寝た。


 そんな矢先のことだった。


 夜中に何やら叫び声が響いた。


 「なんだ?」


 ただならぬ様子に、ライアはすぐさま着替えて宿を出ようとした。


 「兄ちゃん!」


 「御主人・・・これは一体?」


 宿の入り口の脇から、隠れ部屋のようなものが現れ、そこから宿の主人が出てきた。


 こそこそとしながらライアを呼ぶと、手招きをする。


 主人の方に行くと、奥には主人の奥さんと思われる女性と、若い女性、多分娘さんがいた。


 「私らにもさっぱり・・・。だが、戦争だと叫んでいた。半年前の噂が、ここにきて現実のものになるなんて!!!」


 「戦争って・・・。敵はどこかの国ですか?」


 「それもわからん。もう街の三分の一は焼かれ、死人も出ているとか。私らは裏口から逃げようと思う。兄ちゃんも来なさい」


 「しかし・・・、あの子は?」


 「ダリアちゃんかい?可哀そうだが、あの子のところまでは少し距離がある。それにもう、あの子は捕らわれてるだろう」


 「・・・・・・」


 さあ、と主人に呼ばれたが、ライアは真っ直ぐに主人を見る。


 「俺はダリアちゃんを探してみます。それに、街の様子も気になりますから。貴方方はすぐ逃げてください。生きていたらまた、きっと会えるでしょう」


 「兄ちゃん!兄ちゃんは旅人だろ!?そこまで関わる必要があるのかい!?」


 近くで銃声の音がする。


 助けを乞う声もする。


 パチパチと家が焼けて行く音も、赤子が泣いている声も。


 「俺は旅人です。残るか逃げるかも、俺が決めます」


 ライアの決心は固く、主人は苦い顔をしてライアに非常食を分けた。


 「達者でな」


 「ええ。感謝しています」


 「御無事を祈ります」


 「ありがとうございます」


 主人たちを見送ったあと、ライアは宿の前に人の気配を感じた。


 急いで自分のいたニ階へと上がると、窓を開けて隣の家の屋根に飛び移った。


 ガラガラ、と多少音をたてても、きっと誰も気付かないだろう。


 「なんて酷い」


 あれだけ綺麗に並んでいた街並みも、賑やかだった人達も、消えた。


 次の瞬間、ライアが泊まっていた宿が燃えだした。


 街全体が焼けてしまうのも時間の問題だと、ライアは屋根伝いに街外れへを目指す。


 「助けてー!!!」


 「おぎゃーおぎゃー!」


 「どうか、どうか!!」


 「いやー!!誰かー!」


 助けようと手を伸ばしてみても、銃声は無情に鳴り響く。


 剣を振り払い、痛いと叫んでいる人を見て笑う悪趣味な輩もいた。


 助けたいと思っても、ライアには全員を助けられる力はないと分かっていた。


 「(どうにかして助けたいが)」


 「貴様!何者だ!!!」


 見つかったか!と身がまえたライアだが、見つかったのは自分ではないようだ。


 「ぐはぁッ!」


 「くそ!なんだこいつ!」


 敵に立ち向かって行った、などという格好良い言葉は合わないが、気だるそうに向かっていったのは確かだ。


 「おーおー。やんちゃな奴らだな。だが、やり過ぎじゃねーか?」


 「何を!!」


 剣を持った男が、襲って行った。


 束の間、男は軽々と宙を舞い、お腹に蹴りを入れられ倒れた。


 身のこなしから見て、きっとその男も並大抵の者ではない。


 そこにいた男たちを簡単に倒してしまうと、男は捕まっていた街人を解放した。


 感謝されても、男はへらへらしたまま、気取ったりはしなかった。


 「で、そこにいるのは誰だ?」


 「!!!」


 ビクッと、身体が反応してしまった。


 屋根から下りて男の前に立つと、男はライアを見て眠そうに欠伸をする。


 「この街のもんか?それとも敵か?」


 「俺は旅をしています。街外れでお世話になった女の子の消息が気になって、探していました」


 「そうか。じゃ、敵じゃねえってこったな」


 にんまりと笑うと、男の銀色に染まった髪が緩やかに靡いた。


 「大きな街があったから、食糧とか綺麗な姉ちゃんとかゲット出来るかと思ったらこのザマさ」


 ハハハハと笑う男に、ライアは声をかける。


 「あの、あなたは?」


 「何?男の俺に興味がある?」


 「いえ、そういうわけではなく」


 面倒臭い男だが、先程の行動から察するに、根は悪い男ではない。隻眼だが。


 縁も所縁もないこの街の人を助けたのだから、きっと。隻眼だが。


 燃え広がる炎は、降り始めた雨によって鎮火されることだろう。


 それになぜだか、その男の髪の色は見覚えがあるような、ないような。


 「イデアムさん、この街を離れましょう」


 銀色の髪の男よりも背の低い少年のような男が現れた。


 「ああ、そうだな」


 「あの」


 足を止め、男は振り返ることなく、言った。


 「俺は革命家のイデアム。いずれまた会ったら、そんときは酒でも飲もうぜ」


 銀色の髪を靡かせた、隻眼の革命家の話は、後に大きな波を引き起こす。


 「それより」


 イデアムという男に背を向けて走り出した。


 ダリアがいつもいたところ向かって走るが、テントには誰もいなかった。


 だが、血液があった。


 「そんな」


 ダリアがいないからなんとも言えないが、良い状態ではないことは確実だろう。


 「何処にいる?」


 街は壊滅状態で、人も皆逃げてしまっただろう。


 ならば、ダリアも一緒に逃げたのだろうか?


 それを確認する術は何もない。


 ライアはとにかく探せるところを探すことにした。


 雨のせいで視界も濁り、足下も悪くなってきた。


 「いない・・・」


 諦めようと、ダリアのいたテントに避難させてもらおうとしたとき、見つけた。


 テントの裏にあった、洞穴を。


 それは大きなものではないが、ダリアが逃げ込むには良いサイズだろう。


 「狭い」


 ライアが入ろうとしたが、何せサイズに差がある為、途中でつっかえてしまった。


 もぞもぞと身体を捻ってなんとか穴から出ると、穴の奥に向かって声を発してみる。


 「ダリアちゃん?」


 何度も、呼んでみる。


 「ダリアちゃん、俺だけど」


 しばらくしても、返事はなかった。


 「いないか」


 ふう、ともう諦めた方が良いのかと思っていると、小さな手が、穴から出てきた。


 「お兄ちゃん?」


 「ダリアちゃん!」


 震える身体を引き寄せると、ライアはダリアを優しく包み込んだ。


 「!ダリアちゃん、怪我して・・・」


 ダリアは、肩と背中を斬られていた。


 傷は浅いようだが、すぐにでも病院に連れていかないと危ない。


 「隣町に連れていかないと・・・」


 急いで連れて行こうとするライアに、ダリアは裾を引っ張る。


 「お兄ちゃん」


 「どうした?」


 「お兄ちゃんの笛、聴きたいな」


 「ダリアちゃん、病院に行ってから聴かせてあげるから、今は・・・」


 「お願い。お兄ちゃん」


 ダリアのお願いに、ライアはひとまずテントの中でダリアを横にする。


 綺麗そうな布を何枚か破り、ダリアの怪我している個所にあてがい、縛る。


 笛を取り出すと、音色を響かせた。


 輝く太陽のように力強く。


 瞬く月のように優しく。


 穢れた時代を払拭してしまう、ダリアの笑顔のように真っ直ぐに。


 「お兄ちゃん」


 「ん?」


 「・・・綺麗ね」








 「では、お願いします」


 「はい」


 隣町まで歩いている間のことは、ほとんど覚えていない。


 ダリアが寝ている隙に運んでしまおうと、静かに素早く。


 隣町には、大きな病院が幾つもあった。


 意識のないダリアを病院に運んでいくと、ライアまで手当てをしなければと言われた。


 自分が怪我したわけではなく、ダリアの血液だと説明をした。


 寝ていても起きても、きっとダリアが見ているものは同じなのかもしれない。


 それでも、目が覚めることを祈るしかないのもまた事実。


 寝ているダリアの頭を撫でると、少しだけ笑った気がした。


 「きっと起きたら、良いことがあるよ」


 そう言い残し、ライアはその日のうちにまた旅に出てしまった。


 「お前がやったのか、あの戦争」


 足を進めるライアの後ろで、笑う様に身体をくねらせる。


 ―俺が出来るとでも?あれは人間の本性だろう。街を襲って自分の街を潤す。俺が関わるまでもない。


 「そうか」


 ―安心しろ。俺は邪魔はしないさ。


 すーっと音も立てずにライアを通り過ぎていった蛇。


 「・・・・・・」








 遥か彼方の、古の話。


 神は土くれから男を造り、男の脇腹から女を造った。


 女はとても好奇心があった。


 ある日、地に落とされた蛇と出会った。


 女は唆されるまま、禁断の果実に手を伸ばし、口にした。


 神に背き、足を奪われた蛇も、真っ白な羽根を闇色に染められた烏も、願っても叶えてはもらえないその存在への復讐を誓った。


 とある蛇は言った。


 「俺こそが神である」と。


 とある烏は言った。


 「俺は穢れなき存在である」と。


 恨みの連鎖は留まることを知らず、何世代にも渡って毒を喰らい続ける。


 それはまるで、心臓を喰らう、神のように。








 「んん」


 「あら、意識が戻ったのね?」


 「あれ?誰?」


 いつもと違う周りの空気に、ダリアは恐怖心を覚えた。


 「お兄ちゃんは?」


 「あの人ね。旅に行くって、言ってたわよ。今先生呼んでくるわね」


 声からして女性と思う人が、何処かへと行ってしまった。


 「怖いよぉ。此処何処?帰りたいよ」


 「大丈夫よ」


 そっと、誰かがダリアの手を握った。


 その温もりは、以前にも何処かで感じたことがあるように思う。


 「ダリア、私よ。ミント」


 「ミント?本当に?」


 「ほら」


 そう言って、ミントは自分の特徴でもあるフワフワでうねうねの髪の毛を触らせた。


 「なんで?なんで?」


 「ここは私達のいた街の隣の大きな街だよ。ダリア怪我してたから、ここに来たのよ。もう何も怖くないわ。平気よ。また一緒に遊べるわ。ダリア、ごめんね」


 ダリアは病院中に響くほど、大きな声で泣いたとか。


 怪我の方も早いうちに治り、ダリアはミントの屋敷に住まわせてもらうことになったそうだ。


 とはいえ、屋敷には誰も入ったことがないから、その姿を見た者はいないのだが。


 「ねえダリア」


 「なに?ミント」


 「うふふ。なんでもない」







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