第5話醜欲の懺悔






死者請負人

醜欲の懺悔


 脳はコンピューターのようなもの。部品が壊れれば動作しなくなる。壊れたコンピューターには天国も来世もない。天国は暗闇を恐れる人間のための架空の世界だよ。


      スティーブン・ホーキング


































 第五幕【醜欲の懺悔】




























 「くそっ!!!あの野郎!!!」


 男は、顔面を押さえていた。


 つい先ほどのことになるのだが、男が夜道を歩いていたら、目の前からフードを被った少し怪しい男が向こうから歩いてきた。


 しかしこの時、男は酒を飲んでいたため、正常な判断が出来ずに、その危険人物と思われる男の攻撃に気付けなかった。


 「うわああああああああ!!!!」


 いきなり顔に何かをかけられたかと思うと、顔面が焼けるように熱く、ただれて行く。


 男に何かをかけたフードの男は、すぐさまその場から逃げ去り、ランニングをしていた人が救急車を呼んでくれた。


 病院に搬送された男は、命に別条はなかったのだが、鏡を見た途端、絶叫する。


 あれほど美しかった自分の顔が、自分と判別出来ないほどに焼けただれてしまっていたからだ。


 男は、モデルの仕事をしていた。


 その上、顔が良かったため、俳優としても仕事の幅を増やしていたところだった。


 その絶頂期にこんなことが起こった。


 モデルとしても当然だが、俳優としての仕事さえ出来ないだろう。


 「くそ・・・!!なんで俺がこんな目に!」


 この顔では接客業なども難しい為、工場や清掃、もしくは裏方の仕事に徹する他、仕事は無かった。


 本当なら、もっと脚光を浴びて有名になっていたかもしれないというのに。


 男の中でふつふつとわき上がる怒り。


 そんな時、ふと読んでいた雑誌の中に、以前の自分の立ち位置で、堂々と表紙を飾っている男がいた。


 「こいつ・・・」


 それは、男と同じ頃に入ったモデル仲間で、顔だけ比べると男の方が断然男前なくらいだ。


 自分がいた頃はあまり目立たず、数ページだけ載っているような、人気でもない、地味なイメージの男だったのに、どうしてこんなにいきなり表紙など。


 ふと男の中で、疑惑が生まれた。


 もしかしたらこの男が、自分を蹴落とすためにしたことなのではないか、と。


 しかし証拠は無いし、今の自分がそんなことを訴えたところで、誰も聞いてなどくれないだろう。


 それでも、男は仕事が終わるとすぐ、モデル事務所の近くで待ち伏せすることにした。








 「来た・・・」


 「おつかれーっす」


 事務所から出てきた男に着いて行く。


 携帯で誰かと話しながら歩いていたため、しばらくは大人しくしていた。


 しかし携帯での話が終わったとき、男の前に姿を見せた。


 「?誰?」


 「・・・俺を覚えてないのか」


 「へ?」


 街頭に顔を照らせば、目の前の男はぎょっとしたように目を見開く。


 それは単に、ただれている顔を見たからなのか、それとも、自分がしでかしたことを主出したからなのか。


 一歩後ずさった男は、顔を引き攣らせながら笑った。


 「ああ、なんだ、どうしたんすか?久しぶりじゃないすか」


 「ご活躍だな。見たよ」


 そう言って、男の前に雑誌を放りだす。


 「・・・あ、ありがとうございます。急なことだったんで、俺がたまたま抜擢されたんすよ。お陰で、仕事じゃんじゃん来てます」


 「・・・そうか」


 「で、どうしたんすか?そんな顔で。ま、モデルの仕事したいなら、俺から頼んでみます?ま、その顔を修正して出していいなら、ですけどね」


 肩を動かしながら笑ってそういう男に、思わず掴みかかっていた。


 眼前にその顔が晒し出されたことで、より恐怖が増したのか、ただ気持ち悪さに襲われたのか、とにかく、男は「ひっ」と小さな悲鳴を発していた。


 「お前だろう?俺にこんなことをしたのは」


 「な、何言ってるんスか?」


 「わかってるんだよ。お前だろ。お前しかいないんだよ。俺が人気あったから恨んでたんだろ。俳優もこなしてたから、嫉妬してたんだろ」


 「ちょ、落ち着いてくださいよ」


 認めようとしない男に舌打ちをしながらも離れると、首元を直しながら、男がこう呟いた。


 「悪戯のつもりだったのによ」


 「あ?」


 「だからあ!!ちょっとした悪戯っつーか、ドッキリみたいな感じだったんだよ!!なのに顔面にかかっちまって。言っておくけど、あんたがかってにかかったんだからな!俺のせいじゃねえっすよ!」


 「!!てめぇっ!!」


 「どうせ俺がやったって証拠はないんすよね?顔見たんスか?DNAでも残ってました?ないっすよね?」


 「赦さねえ!!!!赦さねえ!!!」


 「あんたの代わりに、俺がちゃーんとやっておきますって。ね?俳優の依頼だって来てるんスから。あんたの代役でね。いやー、光栄っすよ。俺もようやく、ここまで来ました。じゃ、俺も暇じゃないんで」


 憎たらしい笑みを浮かべた男は、背を向けて去って行った。


 どうしたら良いのかも分からないこの感情に、ただただ声にもならない呻き声をあげるしかなかった。


 そんなとき、暗闇の中に人影が見えた。


 こんな顔を見られないようにと下を向くが、その人影は自分に近づいてきて、声をかけてきた。


 「すみませんが、よろしかったら、お話だけでも聞いていただけませんか?」


 「いや、いい」


 「お手間は取らせませんので」


 にっこりと微笑みながらそういう人影は、名刺を手渡してきた。


 「氏海音、と申します」


 






 その氏海音という男の後を着いていくと、24時間営業しているファミレスに行き着いた。


 そこまで店を開く必要はないと思うが、今はその話は良いとしよう。


 2人してドリンクバーを頼むと、早速グレープジュースを持って座る。


 氏海音はホットの何かの茶を持ってきたようで、それを飲みながら一枚の紙をす、と出してきた。


 「なんだこれ」


 「私、死者請負人、という仕事をしておりまして」


 「滑稽なことしてんだな」


 「よく言われます」


 「儲かるの?」


 「いえ、それほどは」


 少し適当な話をした頃、男がふと、こんなことを口走る。


 「請負人ってつまり、時代劇でいうところの始末人とか仕置き人みたいなもん?」


 「違う路線を走っている感じですね」


 「なんだ、違うのか。じゃあ別に、俺の恨みを晴らしてくれるわけじゃないんだ」


 「恨みですか?それがご契約の内容でしたら、遂行させていただきますよ」


 「え、まじ?」


 「まじでございます」


 男は、氏海音に自分の身の周りに起こったことの経緯を話した。


 自分の顔に自信があったかと聞かれると、はっきりとイエスと答えるだろう。


 そこらへんにいるちょっと綺麗めの顔とは違って、本当に整った顔立ちで、小さい頃から顔だけて食っていけるとまで言われた。


 その頃は大人の言っている意味がよく分からなかったが、今ならよく分かる。


 結構良い生活を遅れていたのに、あの事件以降は生活が一変。


 男の周りに群がっていた女性たちも、閑古鳥が鳴くようにいなくなり、連絡を取り合っていた友人たちも、今では生きているのか分からないほど連絡をしていない。


 「俺絶対にあいつを赦さねえ!!!俺にこんなことをしておいて、あいつは俺のポジションで仕事してやがんだ・・・」


 「ご理解いただいていると思いますが、私はあくまで死者の請負人ですので、お客様が生きておられる間は何も出来かねます。ご了承ください」


 「・・・ああ、そうだったな。プロの殺し屋でも雇った方がいいのかな」


 「プロの殺し屋に知り合いでもいらっしゃるんですか?」


 「いや、いねぇけど。そういうサイトから依頼するっていう手もあるよな。絶対バレねえだろうし」


 「どうでしょうね。どんな闇サイトであっても、優秀なこの国の警察は、犯人を見つけ出してしまう確率は非常に高いですね。その犯人は、あなたを庇う理由などないので、すぐに名前を出してしまうかもしれません」


 「・・・じゃあ、匿名でお願いするとか」


 「知っていますか?サイトというのは、描き込みをした時点で、足跡がついてしまうものです。海外のサーバーを沢山経由して初めて、警察の手から逃れる可能性があります」


 「・・・じゃあ、その方法を誰かに教えてもらうとか」


 「知っている方がいるのですか?それに、その方から警察に連絡が入ってしまうかもしれませんね」


 「金払うとか」


 「金よりも正義を取る方も、世の中にはいるものですよ」


 「・・・・・・あああああああ!!!もう!わかった!!いいよ!!あんたに頼むよ!俺がいつか死んだ時、そいつに絶対仕返ししてくれんだろ!?」


 「そちらは、契約書にしっかりご記載さえしていただければ」








 「では、こちらの契約内容で、ご希望通り遂行させていただきます」


 「おう、頼んだぜ」


 氏海音が帰ったあと、男は少しだけスッキリした気分で帰って行った。


 それから数日経った頃、男は仕事終わりに1人で飲みに出かけることにした。


 こんな顔だからと、あまり人が多くいない店を選ぶと、そこで少しだけ弱い酒をぐびっと飲む。


 少しほろ酔い気分になった頃、会計を済ませて家に帰ろうとするが、時間を確認すると、電車が来るまでまだ10分以上あった。


 「ああー・・・」


 喉からのため息を出すと、男はしばらく眠ってしまった。


 目を覚ますとすでに終電の時間になっていて、こんな時間まで誰も起こしてくれなかったのかと、身体を起こす。


 フラフラする足を電車の白線付近まで向かわせると、右側から眩しい光が近づいてくるのが見えた。


 丁度終電が来たのだろうと、男は大きな欠伸をした。


 そろそろ電車が到着する。


 その時―・・・


 「きゃああああああ!!!」


 「おい!人が飛び込んだぞ!!!!」


 プラットホームは、一気に叫び声に包まれた。


 『えー、速報です。ただいま入ってきた情報で、つい先ほど、飛び込み自殺があった模様です。場所は○○駅の上り線で、飛び込みをした男性の身元は未だにわかっておりません。目撃した方によると、男性は白線で立っていましたが、電車が近づいてきた瞬間、飛びこんでいたそうです』


 男は、テレビの電源を消した。


 「くく・・・ハハハハ・・・」


 少し笑ってからため息を吐くと、テーブルの上に置いてある雑誌の上にリモコンを放り投げる。


 頬杖をついて何処かを見ていた男は、時計を見ると仕事先へと向かう。


 そこではちやほやされて、求められたポーズや表情を作り、新しいドラマの打ち合わせをしと、忙しいが充実していた。


 「おつかれーっす」


 挨拶をして現場を後にすると、男は携帯でモデルの女の子と長話をする。


 別に彼女というわけではないが、こうして仕事終わりには彼女の声を聞くのが、何よりの至福の時だ。


 今日はいつもよりも長くなってしまったため、途中コンビニに寄って飲み物を買った。


 そしてそのゴミを適当にぽいっと棄てると、棄てたはずのそのゴミが、なぜか自分の頭に舞い戻ってきた。


 「いてっ!!」


 ゴミが飛んできた方を見ると、そこには暗闇に紛れた人影がうっすら見えた。


 「誰だ?」


 「知っていますか?空に唾を吐いたら、自分にかかるんですよ」


 「は?何言ってんだ?喧嘩売ってんの?」


 「滅相もございません。私、暴力などといった野蛮なことが苦手ですので」


 暗闇から出てきた男は、自分よりも若そうに見える、爽やかな笑顔が特徴的な青年で、白い手袋をつけていた。


 「ちっ」


 その青年の言う通り、きっと喧嘩を売ってきたわけではないのだろうと、男はそこから立ち去ろうとしたのだが、男の前に青年が立ちはだかった。


 「おい、どけよ。邪魔だ」


 「私も、やらなければいけないことがありますので」


 「ああ?勝手にすればいいだろ」


 「では、お言葉に甘えて」


 「は・・・」


 すると突然、青年は笑顔を崩さぬまま、男の顔に何か液体をかけてきたのだ。


 じゅうう、と顔が焼けるような痛みと熱さに、男は手探りで携帯を掴むが、青年がすぐそこにいるのが分かった。


 「だ、誰なんだよお前!!俺になんの恨みがあるんだよ!!!赦さねえからな!!」


 「先程申し上げました通り、あなたが他人にしたことが、そのままあなたに返ってきただけのことですよ。そんなにお見苦しく叫ばれなくても、聞こえていますし」


 「んだとおお!?」


 すると、青年の声が、耳元で聞こえてきた。


 「実は私、向井明様と契約しておりまして」


 「あ、明、と!?」


 「ええ。生前、もし向井明様がお亡くなりになられた場合、向井明様があなたからされたことをやり返して欲しい、と頼まれましたので、このような手段をとらせていただいた次第にございます」


 「なっ・・・!あいつ、そんなこと!!証拠もねえのに!!ふざけんなよ!!明もお前も、俺がぶっ潰してやるからな!!!」


 「御冗談を。向井明様はお亡くなりになり、私に至ってはあなた同様、関係性もなければ証拠も有りません。あなたと同じで、きっと捕まることはないでしょう」


 そう言うと、青年の声はどんどん遠ざかって行く。


 男は叫んで青年を止めようとすると、青年はぴたり、と足を止めた。


 「いえ、あなたと同じ、というのは、間違いでした」


 「あ?」


 「あなたがやったという証拠は、向井明様からのご依頼で、ちゃんとご用意いたしましたので、ご安心ください」


 「おい待てよ!!おい!!」








 翌日、病院にいた男の目に飛び込んできたのは、あの日、向井明に硫酸をかけた自分の姿と、ホームで背中を押して自殺にみせかけている自分の姿がはっきりと映っている、たった、2枚の写真。


 それでも男を捕まえるには充分で、男はすぐに警察に捕えられたらしい。


 しかし警察から逃げ出すと、踏切を潜り抜け、そのまま轢かれてしまったそうだ。


 「この度は、心より、ご冥福をお祈り申し上げます」




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