第244話 握りしめた拳を見つめて

「なるほど、一見、順調に見えたけど。そう簡単にはいかないか」


 俺はダンジョン&キングダムのモニター画面の前で、独り言を呟きながら唸っていた。


 初めて灼熱と凍土のダンジョンを制圧して支配下に置いてから、順調に周囲のダンジョンを制圧していた。それに伴い、配下の新モンスターも増えて来ていた。


 叙勲して新スキルを得た混沌を将として制圧に向かわせれば、ここまではあっさりと周りのダンジョン制圧できていたのだ。


 それがここに来て、問題が生じ始めていた。


「物資の補給が、こうも間に合わないのかーっ」


 問題は、新たに制圧したモンスターを取りあえず全て、配下に加える選択をしたことだった。

 人間と違って、生態系が多様な多種族のモンスターが一気に仲間になったことで、ゲーム画面上で必要と表示される物資の種類が、莫大に増えてしまっていた。


 そして、それらが賄えないと、当然戦えないし、時間がたてば餓えたり、文字通り体表面が乾いて死滅するモンスターも出てきてしまうようなのだ。


「いやでも、どのモンスターも目新しくて、配下にしないって選択肢はなかった。うん。そこは譲れないところだ。問題は、この大量の必要物資をいかにして賄うかだな」

「ユウト」

「うん、クロ? どうかした?」


 俺がゲームをするのを、ちょこんと後ろに座って眺めていたクロが話しかけてくる。そのクロの服装はいつもの物に比べると随分と地味に見えた。


 ──なんだろう。いつもと違う服装だけど、あんまり似合ってない……ま、まあそこは触れないでおこう。


 最近、少しクロは変だった。


 クロも、前は結構ふらふらと、知らぬ間にいなくなってたりすることが多かった。ただ、新しい機体になってからは、なぜか俺の近くにベッタリなのだ。


 とはいえ、立ち回りがいいのか、端から見れば付きまとわれているぐらい一緒にいるのだが、俺は全然嫌な感じはしていない。


「ユウトは最近はフルダイブは、なされないのですか?」

「あー。そうだね。ほら。ダンジョン&キングダムもさ、なんかシミュレーションがメインじゃん?」

「そうですね」

「──」

「──」


 俺の苦しい言い訳を決して否定することなく、相槌を打ってくれるクロ。

 ただ、俺の言ったそれが単なる言い訳だという事を、クロは当然気がついているのだろうなと、ひしひしと伝わってくる。


「……あー、この前にフルダイブしたときには、混沌のユニットが死亡しちゃったんだよね」

「いぶ、ですか」

「そう。あれ、話したっけ?」

「蘇生した履歴が見えたので」

「あー。なるほどね。そう、それでさ。それが本当にリアルで。自分の手のなかから命が零れていくってのが、どういうものか、実感しちゃったって感じで、さ?」


 俺は自分の手のひらをゆっくりと握りしめながら告げる。


「でも、いぶのことは、蘇生されたのでしょう?」

「──そりゃ、ね。……うん、そうだよね。ゲームだもんね……」

「はい。それと、物資の手配ですが実際に確認した方が良いアイデアが浮かぶ可能が高いかと思います」

「う、うーん」


 自分でも、考えすぎなのだという事は十分に理解していた。


 ただ、なんとなく気が乗らなかったのだ。

 そう、それはどうしてもやらなければいけない理由があれば、乗り越えられるかもしれない、ぐらいの心理的な抵抗感だった。

 そして、そのどうしてもやらなければいけない理由というのが、クロの指摘により、ちょうど出来てしまった。


「──わかった。ちょっとフルダイブしてくる」

「はい。御武運を」


 なんとなく不吉なクロからの見送りの言葉を背に、俺はフルダイブ用のヘッドセットを装着するのだった。

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