第238話 戦意は高揚し
「G323さん」
「なんでぃ、H55」
「こんなに空が高いと、落ち着かなくないですか」
「は、ずいぶんと余裕だな、H55」
青空のもと、槍を振り回しながらのんびりと会話する二人のダークコボルドたち。
かつて、緑川とともにポーションをあだむへと届けた、輸送部隊所属のG323とH55だった。
現在、新たな拠点作りを急ぐダークコボルドたち。彼らは、大まかに建設作業に従事するものと、周辺からの攻勢に対する防御要員とに別れていた。
当然G323とH55の二人は、防御要員だった。
「まあ、襲ってくる敵が、大した事ないですし」
ちょうど空から舞い降りてきたモンスターを槍の一撃で撃破するH55。
槍先に刺さった三つ足の黒い鳥を、大したこと無いでしょ、とばかりにG323に示す。
「ふん、そんな余裕も今だけだぞ。あだむ様といぶ様が、おっしゃられていただろ」
そう言いながら振るったG323の槍。
それは、地を這うように接近してきていた、蛇の尻尾を持つ鶏のモンスターをまとめて数羽、凪ぎ払う。
「遠くから、ダンジョンの構成要素たるものが次々に集まりつつあるってな。それも急速にな」
「それはもちろん。聞いてますよ。集まってきたものが臨界点を越えると、一気に変化が訪れるよーってあだむ様はおっしゃっていましたね。確かに少しずつですが、最初の頃よりは手応えのある敵も増えてる気はします。それでも、まだどうにも高い空の方が、私には落ち着かなくて……」
「へっ。仕方のねぇやつだな。いくら俺らが穴蔵生まれの穴蔵育ちだからってな。そんな泣き言、言うもんじゃねえぜ」
近づくモンスターを蹴散らしながら、会話をかわす二人。
「はい、それはごもっともで」
「おいっ!」
その時だった。とっさに警戒の声をあげるG323。
ピリッと空気がひりつくような感覚。
それは、圧倒的な上位者の気配。しかし、二人は警戒を強めるどころではなかった。
その強烈な存在感に、知らず知らずのうちにピンと背を伸ばし、直立不動の姿勢をとる二人。
ダークコボルドたちよりも圧倒的に劣る、周辺を徘徊し時折襲いかかって来ていたモンスターたちは、その強烈な存在感に、あるものは逃げ惑い。
また、あるものは耐えきれないようすで命の灯火すら諦め、消え去っていく。
そうしてぽっかりと空いた空間に直立不動の姿勢を維持する二人。
すると不思議なことに、次の瞬間、二人の胸元に、何かが現れた。
それは、勲章だった。
交差する新聞紙を丸めた二本の棒を象った柄の紫色の勲章。
G323とH55の二人は、本能的にそれが偉大なるお方より授与されたものだと、悟る。
そして今回、複数のダークコボルド達へ、いくつかの種類の勲章を授与されていることが、大気を漂う同胞達の匂いから伝わってくる。
同時にG323とH55へ授与された勲章が今回最上位のものであることも。
「く、勲章!」「ああ、頂いてしまった、みたいだ……」「あ……」
そして、生じた謎の現象は、それだけではなかった。
輸送要員として、もともとテイマースキルを持つ二人だったが、そのスキルが強制的に変化し、さらに強化されるのを感じる。
体内をめぐる衝撃に、二人とも思わず後ろ向きに倒れこむ。
「あ……あ…あ…」「おい、──しっかり……しろっ。これは、まだ、終わりじゃない、ぞっ」
G323の本能的な言葉通り、二人を襲う衝撃には続きがあった。
名が、授けられたのだ。
まるでぽーんと投げ入れられたかのように頭の中で何度も何度もこだまする言葉。それが自分達の新たな名なのだと、理解する二人。
「──私は、ゴゴ、ですか」「ふ。俺はジーサだとよ」
「安直な気はしますが──」「ま、俺たち程度にはな。このぐらいがちょうどいいさ」
「ですね」「ほら、ゴゴ。手」
「ありがとうございます、ジーサさん」
先に起き上がったジーサがゴゴを引っ張り起こす。少しわざとらしいが、二人とも名前を呼ばれてまんざらでも無さそうだった。
「やれやれ。こんなものをいただいてしまったら、泣き言なんて言ってられない、ですよね」
「そりゃそうだ。それどころじゃ無いだろ、よ。やれやれ。臨界点とやらが来たみたいだ」
「全く、流石ですね。先程とは段違いに強力なモンスターがくるのが見えますね。偉大なるお方は、ここまでお見通しで我々に新たな力と名を下さったのですかね」
「ま、偉大なるお方だからな。そうだろっ。さ、さっさと片付けるぞ。今回は楽しめそうだろ、ゴゴ」
「ですね、ジーサさん。あんまり空を眺める暇はなさそうだ」
そういって軽く槍の柄を打ち合わせる二人。にやりと笑い合う。
同じように戦意の高揚した、他の防御担当のダークコボルドたちとともに、周囲から襲いかかってくる一気に強くなったモンスターへと武器を振るい始めるのだった。
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