第232話 【閑話】あだむといぶ
「ここは、いったいどこだろう? ……唄が聞こえてきた気がしたけど」
あだむはまず何よりも先に、本能的に大きく息を吸い込む。鼻孔に流れこむ大量の空気。そのなかに含まれる微粒子一つ一つが、あだむへと教えてくれる。
──僕がいるのは、大穴ダンジョンの外か。ここが、外
あだむが振り向くと、背後には大穴ダンジョンと、そこから天へと立ち上る、極太の光。
「あれは、偉大なるお方の光? そうか。偉大なるお方が、僕を皆を、助けてくださったのか」
それだけで全てを理解したあだむは、地に伏し、偉大なるお方への敬意を示す。
「あだむ様! いぶ様が!」
それは自身の孫であるダークコボルドの声。どうやら大穴ダンジョンにいたものたちは皆、偉大なるお方の御力で同じところへと避難させて頂いた様子だった。
偉大なるお方の僕としてはあるまじきことに、あだむは偉大なるお方への敬意を示すのを途中で中断してしまう。
気がついてしまったのだ。あだむの、最愛なる存在であるいぶの匂いに。
そしてそれが、死臭をまとっていることに。
弾かれるように立ち上がると、臭いのもとへと一直線で駆け寄る。
多くのダークコボルドたちに囲まれ、地面に横たわるいぶが、いた。
あだむはそっと驚かさないように気を付けながらいぶの横へ膝をつく。
臭いで、すでにその命の灯火が消え失せていることはわかっていても、そうせざるを得なかったのだ。
横たわるいぶの背中へと手を回し、あだむは優しくその体を抱き上げる。
「いぶ様は、ご立派な最後、でした──敵から、偉大なるお方を御かばいになられて」
手のひらを濡らしながら、その声を聞くあだむ。どうやら先程、あだむの事を呼んだダークコボルドのようだ。
「そう、か。うん。末期の報告、ありがとう」
あだむは、そのダークコボルドを労う。
「いぶちゃん。いぶちゃんは僕の光だった。覚えているかな。生まれて初めての時のこと。初めて獲物をとって来たいぶちゃんの笑顔。あれは本当に可愛かった。最初は二人きりだったのにね。今ではこんなに沢山の目がいぶちゃんのことで泣いてくれている」
あふれでる思いが言葉になるのが止められない。
すっかり冷たくなった体を少しでも暖めたくて、あだむはぎゅっと腕のなかのそれを抱き締める。
その時だった。
奇跡が、起きる。
大穴ダンジョンの外にも関わらず、周囲に濃厚な偉大なるお方の気配が漂う。
すると次の瞬間、あだむの鼻には命そのものと思える何かが、濃厚な一塊となって上空より舞い降りて来るのを感じる。
「偉大なる、お方? いったい、なにを……」
その実体は、大穴ダンジョンを襲った魂の簒奪者たちより奪いしもの。
それがユウトの選択により、いぶの体へと流れ込んで行く。
周囲を取り巻くダークコボルドたちも、あだむに遅れるも、その時になってようやく何が起きようとしているのか、気がつく。
偉大なるお方による奇跡の瞬間に立ち会っているのだと。
次々に大地に伏し、遠吠えを上げ始めるダークコボルドたち。
その畏怖の声の合唱のなか、天より舞い降りりしものが全ていぶの体の中へと入り込む。
次の瞬間、開かれたいぶの瞳が、あだむをとらえる。
「あだむ? いるの」「ああ、いぶちゃん。いるよ」
ダークコボルドのたちの遠吠えが、歓喜へとかわり、いつ果てるともなく響き渡り続けるのだった。
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