第225話 sideイサイサ

「時間稼ぎも、そろそろ限界です、クロ様」


 イサイサは、七武器で魂の簒奪者との攻防を繰り広げているところだった。

 クロにオボロの救出を託し、足止めのために魂の簒奪者へと挑んでいたイサイサ。

 外から見るぶんには、他の戦っているものたちに比べればイサイサは善戦しているようにみえる。しかしその内情は、危機に瀕しているといって良かった。


 イサイサはそもそも、ダークコボルドとしても出来の良い方ではなかったのだ。

 その分を、二つ授かった七武器の力で何とか補っていた。しかし、そもそもの基礎が他の者たちより低く、更には誰もが経験したことのない七武器を二つ使用するという戦闘スタイル。


 その負荷は、確実にイサイサの内部に蓄積されていた。更には、これまで乱用と言っても過言ではないほどに使用してきたユニークスキルの博愛ラブ。他者のユニークスキルの代償を軽減されながらも代わりに背負うというそれも、拍車をかけていた。

 特にここ数日は、連続して肉体的にダメージがある代償を肩替わりしていたのだ。

 外見には分かりにくいが、イサイサの体の内部は実はもう、ボロボロだった。


「私も、そろそろ終わりですかね──。私は使命を果たせたのでしょうか。十分に、博愛を、広められたでしょうか……あ……、あっ、ああっ!」


 七武器を振り回し、その反動のダメージで、内臓が捻れるような鈍い痛みに晒されながら、呟いていたイサイサ。

 しかし、その諦めの表情が、突如一変する。

 とても言葉にならない様子で、声だけが漏れるイサイサ。


「こ、この芳しくも福福した香り……偉大なる御方が顕現された……!」


 自らの鼻が感じたことを言語として発した瞬間、その言葉が自らの耳に入ることで、イサイサの多幸感が一気に爆発し、そして何も考えられなくなる。


 ちょうどそこへ、ユシが現れる。

 通りすぎ様に、ユシがイサイサに言葉をかけるも、既に多幸感で脳の機能がキャパシティを越えてしまっていたイサイサは、反応すらことが出来ない。

 ただ、その一瞬は、イサイサにとって永遠とも等しいほどの時間へと拡大されていく。


 軽やかに舞い上がるユシを憧憬と崇拝の眼差しで眺めるイサイサ。

 魂の簒奪者を一撃で葬りさるその姿が、イサイサの網膜に焼き付く。


 その際に現れた魂の簒奪者のスマホから飛び出していたものなど、今のユシを目の当たりにしたイサイサにとっては、本当に些事だった。

 しかし、イサイサは、ほぼ無意識にそれを七武器で打ち倒す。ユシが現れるまで幾度も七武器で打ち合っていたので、手癖のようになっていたのだ。


 そんな無意識の攻撃だったが、極限状態のイサイサの体には、限界を越える一撃となってしまう。


 ユシがイサイサの方を見つめてくる間に、限界を越えたイサイサの体は本人の意思とは関係なく後ろ向きに倒れ、たまたま、そのままユシにお腹を晒す姿勢となる。


 ──ああ、偉大なる御方に敬意を示せている……もうこれで、このまま……


 消えそうになるイサイサの意識。


 しかし、次の瞬間、イサイサが想像もしなかったことが起こる。

 ユシが軽い足取りで近づいてくると、晒したままだったイサイサのお腹を撫で始めたのだった。


 最初の一撫でで、イサイサの全身を電気のようなものが駆け巡る。

 それが何か、イサイサには理解する間もなく、すべてが限界だったイサイサは、その限界の向こう側の世界を垣間見ることとなる。


至福を感じる余裕すらなく、ただただなされるがままにそこに在るイサイサ。


 優しい手つきでイサイサのお腹を撫で終わり、ユシは立ち去っていく。

 その場に残されたイサイサの損傷していた内臓は、その時にはすっかり完治していた。

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