第223話 sideクロ3

 握りしめたオボロの手のひらを通して、クロははっきりと力の存在を感じる。


 ──やはり、ありました。これでようやくっ!


 クロを見つめながらオボロが頷く。

 オボロもどうやら自身の中にユウトから託された力が存在することに気がついていたのだろう。

 握られた手のひらを通じて、その力の権限がゆっくりとクロへと委譲されてくるのが伝わってくる。


 ──それにしても、なんと膨大で複雑なのでしょう。なるほど、これが、ダンジョン&キングダムの真の姿……。これをクロコは補助されながらとはいえ、管理、運営できていたと。その点だけは、クロコを評価しても良いですね。


 クロは自らのワケミタマに過ぎなかったクロコを再評価する。ユウトへの常軌を逸した忠誠心の果てに、クロコの至った領域を想定して、感嘆せざるを得なかった。


 ──クロコはクロコなりにユウト様を想い、その想いの果てにそこまで至ったのでしょう。


 その間にも、ダンジョン&キングダムの真の管理権限の委譲は続く。しかし、あまりにも膨大なそれは、当然、それ相応の時間が必要となる。


 その間、手を握り続けていないといけないクロとオボロのすぐそばには、ワンタイムボディの変質から復旧した氷のドラゴンが、当然、いるのだった。悪意を持って。


 手を握りあったまま動かないクロとオボロを見下ろして、勝ち誇った表情をする氷のドラゴン。がっと口を開くと、サイズを加減した大きさの雪玉を形成、クロへ向かって射出する。


 クロの頭部と同じ程度の大きさの雪玉が、顔面へと迫る。

 それを認識しながらも、クロは動かない。ただ澄んだ瞳でその迫り来る雪玉を見つめるだけだった。

 クロにはいま、何よりも成さねばならないことがあるゆえに。


 そんな、自らの果たすべき義務に殉じる殉教者の風情で全てを受け止めようとするクロ。しかし、それを庇うものがいた。


 オボロだ。


 クロと迫り来る雪玉との間に割り込むと、オボロは空いている方の腕をかざす。

 その固く握りしめたオボロの拳と、雪玉が激突する。


 粉砕される雪玉。

 しかし、オボロも無傷ではすまなかった。

 全身を駆け抜ける衝撃。そして不思議なことに、砕け散った雪の一部が、まるで意思があるかのようにオボロの体へと付着する。


「オボロ──」

「クロ、お主は成すべきことを、なせ。今だけは我が守ってやる」

「ありがとう、ございます」

「ふん。しかし、厄介だな。これは、ただの雪ではない」


 雪玉が再び、氷のドラゴンから射出されてくる。しかしそれはやはり、全力の攻撃ではなかった。抵抗できない獲物をあっさり倒しては面白くないとばかりに、絶妙に加減された攻撃。

 まるで氷のドラゴンが、手を繋いだままのクロとオボロが移動できないことを把握して、なぶっているかのようだ。


 しかしそれでも、クロを守るように、次々に打ち出されてくる雪玉を自らの拳でうちはらっていくオボロ。


 その体は衝撃に軋み、飛び散ったはずの雪がどんどんオボロとクロの体へまとわりついていく。

 そして、徐々に緩慢になっていくオボロの動き。明らかに体に付着した雪がその動きを阻害し始めていた。


 そんな攻防が果たしてどれ程の間、繰り返されただろうか。


 気がつけばクロとオボロの全身は雪にまみれ、もうほとんど身動きがとれなくなる。

 それを見て、楽しげに雄叫びをあげる氷のドラゴン。


 満足するまでなぶったからだろう、ようやく止めを刺そうとする氷のドラゴン。殺傷力を最大限に高めた無数の小型雪玉を大量に生成し始める。


 その時だった。クロが呟く。


「すべてが完了し、そして、いらっしゃいます。ユウト様です」

「ふん、時間をかけすぎだ。こんな姿で御主人殿をお迎えせねばならないとは。まさに末代までの恥」

「末代は、ないのでは?」

「抜かせ。そこは何とかしてみせるさ」

「はあ。緑川さんも苦労しそうですね」


 どうにか外に出ているクロとオボロの二人の目に、その姿が映る。


 雪の上を軽やかに駆けて、信じられないほどの速度でこちらへと近づいてくる、灰色のコボルド。


 クロとオボロの二人には、本能のレベルでそれの中の人がユウトであると理解できた。

 ユウトのアバターであるユシ。その灰色の毛皮すら、光り輝いているように見えるのだった。


「ユウト様が助けに来てくださるというシチュエーション。これが現実、という至福。昂りが、抑えきれません」


 雪に埋もれたまま、感動のあまり本音が漏れるクロ。


「お主、気持ち悪いな。お主が設定したのだろう? 御主人殿が受諾すると見越して、救援クエストにしたのではないか。全く、なぜそれで昂るのか。それよりもあの御主人殿の素晴らしい身のこなしをみよ。ああ、何と素晴らしい。一切のぶれの無い体幹。飛んできた雪玉を足場にして、あれほど多角的立体的に動ける方など、他には居ぬ」


 クロとオボロ二人の目の前で、飛んできた雪玉を足場にして空中を移動していくユシ。

 その軽やかな身のこなしを、常人をはるかに超越した動きを、称賛の眼差しで賛美するオボロ。


「ユウト様がとてもお強いのは当たり前ではないですか。オボロこそ、十分気持ち悪いです」


 クロとオボロが互いにユウトを称賛しているうちに、ユウトの操るユシが、氷のドラゴンの頭上近くまで一瞬で至る。


「見よ、クロ。あのドラゴンのアホ面を。御主人殿の動きに全く対応出来ておらぬばかりか、あれは圧倒的な実力差があるという現実すら、把握できていないツラよ」

「そうですね。それにユウト様の一撃は相変わらず美しいです。私はオボロと違い何度も見て来ましたが、今の一振りはこれまでユウト様の一撃の中でも、なかなか上位の美しさでした。あら、もしかしてオボロは初めて見るのでしたか」

「ぐっ、しかしだな──あっ、御主人殿がこちらを見られたぞっ」

「はい。アバターたるユシ殿越しとはいえ、とてもお美しい瞳ですね。まあ、見たのは私の方でしょうけれど」


 すっと、音もなくユシが雪の上に着地して、ちらりと確認する仕草をする。

 クロとオボロが互いにマウントをとる頃には、ユウトの操るユシは次の敵を目掛けて走り去っていったのだった。

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