第184話 風と雨

 早川の顔が、とても近い。


 ──まつげ、長いんだな。


 外から聞こえてくる音は、その大きさを増すばかりだ。風も出てきたようで、窓に叩きつけられる雨粒の音がより一層室内に響く。


 ピタリとくっついた早川の体温が服越しに伝わってくる。


 次の瞬間だった。

 室内が急に暗くなる。


「──あれ、停電した?」


 まだ日が落ちるには早い時間帯だが、厚い雨雲のせいだろう、かなり薄暗い。

 俺たちはあわててスマホを取り出す。


「ユウト。電波も、ないかも」

「本当だ……。とりあえず早川はここで待ってて。ブレーカーを一応確認してくる」

「私も行く」


 俺たちはスマホ片手に連れだって洗面所へ向かう。配電盤を開けて確認するも、特に異常は無い。やはり原因は、外のどこかのようだ。


 俺はなんとなくそのまま自室に向かう。


「ふーん。ここがユウトの部屋なんだ。意外と綺麗」


 こんなときだが、どこか、からかう口調の早川。たぶん場を和まそうとしてくれているのだろう。なので軽く話題に乗っかっておく。


「まあ、片付けたんでな。普段はもっと汚い」

「それは、私がくるから?」

「まあな」


 俺は部屋の隅の充電器の上でおとなしくしているクロクロコへと近づく。


「クロ? クロ? あれ、反応ない?」


 いつもなら、声をかける前に動いているのに、全くの無反応だ。


「うん? ここ、変な跡がついてるな」


 スマホのライトを当てて見ると、クロのボディに、何かが取れたような跡があった。常日頃ホログラムをまとっていたので、いつのものかはわからないが、これがクロが動かなくなった原因かも知れない。


「どうしたの、ユウト」


 隣に来て一緒に覗き込む早川。


「いや、早川からもらったドローン、壊れちゃったみたいで。ごめん」

「ううん。古くなってたやつだし。でも……私があげたのってこんなだっけ? 暗いからかな。何か違うような……」


 不思議そうに早川が告げた時だった。


 窓の外がピカッと光る。

 次の瞬間轟く、雷鳴。


「きゃっ!」

「おっと」


 悲鳴をあげる早川。腕に軽い衝撃。


 その衝撃で俺のライトを灯していたスマホが揺れる。

 そのまま近くにあった俺のベッドに、二人して座り込む。


「──あー、早川は雷、苦手?」

「う、ううん。ちょっと暗いから。それで、びっくりしただけ」


 呟くように告げられた小声。距離が近いせいか、その声が俺の耳をくすぐる。そして早鐘のような鼓動が、腕に直に伝わってくる。


 俺は必死に意識して、早川の話した内容に意識を集中させようと試みる。


 ──えっと……。早川は否定はしているけど、多分、雷は苦手なんだろうな。せめて少しでも明るくしてあげるといい、かな。ろうそくぐらいならあったっけ……


「あー。ろうそくを──」


 そっと俺が立ち上がろうとしたところで、再び轟く雷鳴。

 腕が引っ張られて、再びベッドに腰かけてしまう。


「ごめん。もうちょっとだけ……」

「──うん」


 天候はより悪化しようとしていた。

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