第175話 当日

「よし、準備に抜かりはないな」


 俺は台所で冷蔵庫を覗くと、下ごしらえを済ませた食材と飲み物のストックを指差し確認する。次に部屋を一つ一つ、みて回る。


 ここ数日の大掃除の成果か、今のところどの部屋にも虫は湧いていない。


「まあ、油断は出来ないけどな」

「はい。お迎えに行っている間に何か害虫が沸いてたら、手はず通りメールします」

「頼むね、クロ」

「それよりもお時間はよろしいのですか? あと、必ず復路の時は休憩を忘れずにです」

「ああ、大丈夫大丈夫。休憩の時につまめるものと、温かいお茶もバッチリだ」


 俺は背負ったリュックサックを軽く揺らして準備万端だとアピールしておく。

 そのままクロクロコを連れて玄関から外へ。その際に玄関に用意しておいたヘルメットを二つ手に取るのも忘れない。


「それに、期待の新兵器もあるしな」


 俺はヘルメットを一つかぶり、もう一つを荷物かごに入れながらクロに告げる。

 家を出てすぐのところに止めてある、中古のタンデム自転車のサドルをポンッと叩きながら、だ。


 このタンデム自転車は、目黒さんの知り合い経由で、中古のものを譲って貰ったのだ。


 何せ、駅からでも自転車でうちまで片道ほぼ二時間の道のりだ。どうやって早川を連れてくるかというのが大きな問題だった。

 普段そんなに長距離、自転車に乗らない早川に走らせるには酷だろう。この前みたいな自転車の2人乗りは、緊急時だからこそだ。


 タクシーとなると結構な額になるし、周りの大人に車で送ってとお願いするのも、どこか気恥ずかしい。そもそも早川のお母さんは働き始めたと言っていたから、お忙しいだろう。


 そんな感じでどうするか、ここ数日、悶々と悩んでいたのだが、なんと事情を把握していた目黒さんが、これを手配してくれたのだ。

 どうも観光地のレンタサイクル屋で働いている友達がいるらしい。


「目黒さんて、虫食好きだったり色々と変わってるけど。顔は広いし、頼りになるよね」

「そうですね」


 俺はこの前の、苦手な例のヌメヌメの害虫の駆除の時を思い返しながら告げる。

 それにそっけなく返事するクロ。

 クロもこんな返事だが、実は俺が悩んでいるのを見かねて、俺に内緒でクロが目黒さんにお願いしてくれたのではと、内心思っている。


「さあ、お急ぎ下さい」

「そうだね。タンデム自転車を一人で漕ぐから、いつもより時間かかるかもだしね。じゃあ迎えにいってくる」

「お気をつけて」


 そうして俺はクロに見送られて家を出発したのだった。

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