第176話 タンデム
駅前の待ち合わせ場所。
タンデム自転車を1人乗りして颯爽と現れた俺を見た早川が、なぜか爆笑している。
これでも今回は待ち合わせの時間より早くついた。しかし、早川は俺よりも更に早かったようだ。
「ど、どうやって行くのかなって思ってたけど……。また自転車2人乗りかな、とかね。で、でも、これは想定外。ユウトって、面白いね」
笑い声の合間に、そんなことをいう早川。
笑いすぎて話すのが苦しそうだ。
「ほら、ヘルメット。目立ってるし、いくぞ。早川」
「うん。あー。笑った。すごいね、ユウトは。これだけ注目を集める才能、うらやましい」
周囲の好奇の視線を見返しながら心底、そう思っているふうに早川が告げる。
たぶんだが、「ひめたんのキュンキュンライフ」配信の視聴数で、相変わらず悩んでいるのかもしれない。
「ほら乗った乗った。息を合わせて漕ぐらしいから、掛け声かけるよ」
「おっけー。いいよー」
せーの、と声をかけペダルを漕ぎだす。
「わぁっ。はやいはやいー」
早川の漕ぐ力を考えて、俺も最初は少し力を加減していたが、どうやら問題無さそうだ。
ちょうど道を走る車両も、ほぼいない。
「もう少し、速度あげるぞ」
「え、もっと!? うわぁー」
俺のペダルを漕ぐ力を強めるにしたがって、早川が楽しそうに声をあげている。
二時間で家に着くには、これぐらいかなってところまで速度をあげると、俺は運転に意識を集中する。
「風が気持ちいいねー」「だな」「うわー。ここ、景色いい。ユウトっていつもこんな景色見てるんだー」「おう」
どこかアトラクション気分で楽しんでくれているようで、ほっとする。
しかし、さすがにしばらくすると早川も声をあげることが減り始める。俺はちらりと後ろをみて声をかける。
「もう少し行ったら、休憩にするから。あと、辛かったらそんなに漕がなくていいからね」
「うん。ありがと」
その声に、俺は早川の分までペダルを漕ぐ力を強くする。
そうやって速度を維持できるように、ペダルを漕ぐ力を調整していく。
上り坂では早川の負担を減らすように力をこめ気味で。
平坦に戻れば速度を上げすぎない用に、早川の漕げる分に合わせて、登るときよりかは少し力を抜く。
そうやって早川の動きを気にしながら調整をしていると、不思議な気分になってくる。
まるで言葉を通さずに、早川と会話しているかのように感じるのだ。
──タンデム自転車って、こういう感じなんだ。面白いな。
「あ、休憩予定の場所が見えてきた。あと少しだから」
「んっ」
登坂の中腹。
俺が休憩用に想定していた、展望用に開けていて、道の脇に少しスペースが確保されている場所だ。
一人で漕いでいる時は、ただ通りすぎるだけの場所。見慣れてはいる場所なのだが、早川がいなければ止まることもなかった空間といえる。
「到着ー」
「ふー。これは、なかなかいい運動だわ」
「お疲れ。はいこれ」
自転車を止めて降りた俺たち。
座れるように簡単なベンチがあるので、早速そこへ向かう早川に、用意していたレジャーシートを差し出す。
「そこに広げて、座って」
「え。準備いいじゃん、ユウト」
「なんでそう、意外そうなの? 温かいお茶とお菓子も用意しているのだが」
「おお、それは素晴らしい。食べる食べる」
パチパチとわざと大袈裟に拍手する早川。
そして俺も恭しく水筒のお茶とお手軽にカロリーのとれるものとして選んだ羊羹を差し出す。銀色の包装紙で密封されているやつだ。
「甘いねー。美味しい。あれ、ユウトのは?」
「俺はこれぐらい、毎日のことだから」
「もう、こういうのは一緒に食べるのがいいんだから」
俺の方をみてわかってないなーと首を振る早川。
「……はい。はんぶんこ。お茶も」
「──じゃあ」
俺の手には、早川から返された半分ぐらいのサイズになった羊羹。
なんとなく前を向いてられなくて、俺は視線を景色の方にそらす。そのまま羊羹を銀紙から押し出して、口のなかに放り込む。
なんだかいつもよりも、羊羹が甘く感じられたのだった。
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