第164話 参上!

「いぶ様! よろしいのですか!?」

「彼女達も偉大なるお方の僕。偉大なるお方は深いお考えがあって、彼女達を生み出したはず」

「そ、それは確かに」


 心配するように声をあげたA23に淡々と告げるいぶ。A23へと向けたいぶの眼差しに浮かぶのは、偉大なるお方への絶対の信頼。

 そのいぶの落ち着いた様子は、ドーバーナ達の言動に苛立っていたダークコボルドたちを自然と落ち着かせていく。


「彼女達は彼女達の役目を果たす」

「……そうですな。取り乱して大変失礼いたしました。さあ、お前達! 我々も自らの果たすべき務めを!」「はっ!」「ポーション輸送部隊、第一陣の出発準備、完了ですっ」


 そう告げたダークコボルドの傍には数体のモンスターの姿がある。

 テイマースキル持ちのダークコボルドによって馴らされた、多脚の馬型モンスターたちだ。


「スレイプニル達もいつでもいけますぜっ」


 二体のスレイプニルに一台の荷馬車が繋がれ、そこに作成されたポーションの樽がぎっしりと積まれている状態だ。その御者台に乗るテイマースキル持ちのダークコボルドが威勢よく応える。


「あのー。それって、乗せてもらえたりしますか?」


 そこに突然響く、人の声。

 あのいぶですら、驚いた様子でその声の方を勢い良く振り返る。その存在につい今しがた気がついたかのように。


 周囲を埋め尽くすダークコボルドの、誰一人として気づかれずに現れたのは、ぎゅっと自らの体に腕をまわして、もじもじとしている一人の人間の女性だった。


「あなたは──もしかしてハードラック?」

「はい。緑川円です。イサイサさんのいう通り、本当に私のこと、知ってるんですね……」

「どうやって……。今ですら、全く匂いがしないっ」


 驚きを、隠せない様子のいぶ。緑川は、少し首をかしげて考える様子を見せてから答える。


「えっと、たぶん幸運なことに、匂いの分子がたまたま、いぶさんの嗅覚受容体にくっついてないのかもしれません……」

「そんな可能性が極小な出来事が、ここにいる全員に起こった? ──そうか、イサイサ」

「はい。肩代わりしていただきました」


 いきなり高笑いする、いぶ。

 誰もが、そんないぶを初めて見るのだろう。ダークコボルド達は二重に驚いていた。


「わかった。──ハードラック殿はオボロを求めている。乗って」

「いぶ様?」

「彼女の幸運にあずかる。このポーションは何としても届けなければならないもの。途中、魂の簒奪者の邪魔も考えられる。これは我々にも千載一遇の幸運。いい? G323、H55」

「わかりました!」「さあさあ、座るとこ開けましたぜっ。緑川さん、おはやく。もう、出発しますぜっ」


 テイマーで馬車の御者も務める二体のダークコボルド──G323とH55に告げるいぶ。


「では行って参ります、いぶ様」

「うん。行って」


 いぶの声をきっかけに勢い良く飛び出すスレイプニル達。

 合流した緑川を乗せて、彼らもまた大穴の深みへと向かって進みだしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る