第145話 カラドボルグ

 それは、一目惚れではなかった、と思う。


 まだ、私が幼いころ。

 厳しい母の教練の合間に、一人で祭壇の間にいたときの事だった。


 あのころは、後追いしてくるベルとロトが時たま疎ましくて。一人になりたい時は、私はいつも祭壇の間に隠れていた。


 そこですることといっても、ただただぼーとしたり、土くれで作った玉で遊ぶくらい。


 もちろん、偉大なる御方より賜りし七武器には一切触れないよう、慎重にだ。


 そう、七武器だ。


 祭壇の間にいて、私が一番時間を使っていたのは、七武器を眺めることだった。

 その武器たちの美しさは、子供心にもいつも見事に思っていた。私は、祭壇に背をもたれて、素晴らしい造形と離れていても感じられる力に惚れ惚れとしながら、時間を過ごすことが多かった。


 七武器で身近なのは、父の持つ、斧。そして母の持つ、ハルバード。

 父は淡泊な気質なせいか、その斧をとても大切にはしているようだったが、特に深い思い入れはあまり見せなかった。興味深そうにしている私に少しだけ触らせてくれたことすらある。父が、もともと戦闘に特化して命を授けられた訳ではないことが大きいのかもしれない。


 母は、逆にその偉大なる御方より賜りしハルバードを心底愛しているようだった。

 多分、父の次くらいには。

 それも納得するぐらい、母の持つハルバードは優美で美しかった。当然近づくことすら許されなかった。


 そしていまだ大地にその身を埋めし残りの七武器たち。

 未熟な身の私が触れれば、主を持たぬ武器たちは、その身に秘めた力で私のことなど簡単に滅ぼしていただろう。

 許されるギリギリの距離から、私はよく飽きもせずに武器たちを眺め続けていた。


 そんな七武器でも特に異彩を放っていたのが『闇』だった。

 もとが何の武器だったかは全くわからない。

 ただただ煮凝った闇として、そこにあるそれ。


 最初は恐ろしくて、遠くから眺めることさえ憚られた。だが、今にして思えば、私は祭壇の間にいるときは自然と目の端でそれを追いかけ続けていた気がする。


 まさに魅入られていたのだろう。


 そうして祭壇の間で過ごすうちに、ある時、それが実は意思を持ち、動けるのだということに気がついたのだ。


 切っ掛けは、些細なことだった。


 祭壇の間で私が手慰みに作っていた土くれの玉。泥と砂で磨きあげるようにしてぴかぴかに作り上げたそれがある時手が滑ってコロコロと七武器の方へと転がってしまったのだ。

 しかもよりにもよって『闇』の元へ。


 その時は落胆よりも恐怖が勝っていた。おそれ多くも偉大なる御方ご祝福されし武器の根本へ土くれを放ってしまったのだ。

 どんな罰が与えられるかと子供心にしっぽを丸めていると、足に何かが触れる感触がしたのだ。

 見ると、なぜか行ってしまったはずの土くれの玉がコロコロと私の足元へと戻ってきていた。


 そう、どう考えても『闇』が投げ返してくれたとしか、私には思えなかったのだ。

 その時は余りのことに、土くれの玉を急ぎ拾うと私は逃げるようにその場から離れてしまった。


 しかし『闇』のことが頭から離れることはなかった。

 翌日、一晩中磨きあげ、これまでで最も綺麗に整えた玉を持って、私は再び祭壇の間を訪れてしまった。

 そっと再び玉を転がすと、今度は玉が帰ってくることはなかった。代わりに、わずかに身動ぎするように『闇』が動く姿を見せてくれたのだった。


 そうしていつの間にか私は、母の訓練で狩ったモンスターの部位で美しい部分があるとこっそりと取っておくようになった。

 もちろん、『闇』へとあげるためだ。


 少し離れた位置から、慎重に転がすようにして色々な物を闇へと捧げてきた。

 返してくれる反応が、その物によってやはり違った。

 そんななかでも、『闇』が一番大きな反応を示してくれるのは、私が精魂込めて磨きあげた土くれの玉だった。


 そうして共に成長してきた私の横には、我が子を宿した彼女がいる。

 その奇跡に、何度目かわからない感謝を捧げていると彼女が、大きく身動ぎをする。


 繋がった右手を通して、伝わってくる。

 ついに出産が始まろうとしていた。


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