第140話 曲がり角

「くそっ、なんでこの俺様が、あんな雑魚どもと肩を並べて犬っころの言うことを聞かなきゃならねえんだ。馬鹿馬鹿しい。なあ、ケリーさんもそう思うだろう?」


 あだむの課題から逃げ出した二名。

 二人のうち小声で、しかし饒舌に不満をこぼし続けるマイク。その問いかけにも、たずねられたケリーは全くの無言だった。

 しかしケリーがほとんど喋らないことなどとうに承知していたマイクは返事がないことを気にした風もなく、一方的に話し続けていた。


「何が七武器ナナブキだよ。あんなもの無くったって、何も困らんだろ。逆に扱い切れない凶器は身を滅ぼすだけさ」


 強がるように断言するマイク。


「俺はもう、今後一切関わらないって決めたね」


 強い言葉を使えば使うほど、その背後にあるマイクの感じた畏れと恐怖が滲み出してくるかのようだった。


 マイクが目の当たりにした、あだむという存在。

 人類でもトップクラスの実力を持っていると自負していた存在が、まるで歯が立たなかったクリムゾンベヒーモス。それを一撃で叩き潰したキングベヒーモスを、あだむは一瞬で細切れにした。

 実力が隔絶しすぎていて、マイクは、そのあだむとの実力差を素直に把握することすらできなくなっていたのだった。


 それは歪みとなって言い訳と愚痴に変換され、マイクの口から溢れ続ける。

 まるでしゃべるのをやめた瞬間に、何かに心が押し潰されて、全く動けなくなってしまうのを、心のどこかで理解しているのだろう。


 ケリーはケリーで、無言の殻に閉じこもって、ただただ、歩き続けるだけだった。少しでもこの場から遠くへ離れたいと、いっしんに思いながら。


 二人ともが、そのように通常時からは完全に逸脱した心理状態だったからだろう。

 すっかり取り返しのつかない事態になるまで、まるで気がついていなかった。


 あだむがマイクとケリーの去ったあとで口にした、弱い敵が居なくなってしまったという言葉。

 すでにこの時、大穴にはキングベヒーモスランクのモンスターがひしめくように変化していたのだ。


 その原因ははからずもユウトからMPとして注がれる力だった。

 あだむといぶ、そしてその息子たちのために注がれたMPのお零れが、大穴へと満ち、ついにはダンジョンとしての格を引き上げたのだった。


 ダンジョンとしての格の向上は、そこに棲息するモンスター達の力をも、大きく増進させる。


 そんなモンスター達に、すっかり囲まれていることに気がつかずに、次の一歩を前に出す、マイクとケリー。

 その二人の進む通路の、曲がり角の先に待ち受ける運命に気づくことなく、二人はただ突き進むのだった。

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