第138話 side タロマロ 3
「シッ! あと何時間ですか、これ」
手にした鞭で、器用にクリムゾンベヒーモスの足の関節へと攻撃を加えるグスダボ。しかし、硬質な皮膚に阻まれダメージ自体はほぼ通らない。しかしそれは無駄ではなかった。
「まだまだ。まだ経ったのは六時間ほどだねぇ。ほげぇらっ!」
動き出しのタイミングで加えられた鞭の一撃は、クリムゾンベヒーモスの動きをほんの一瞬だけ鈍らせたのだ。そこへ叩きつけられるのは、「神速」の乱子による、『血染め』の異名を持つグローブによる打撃。それが、クリムゾンベヒーモスの同じ側の足へと叩きつけられる。
タロマロも、腰につけたの仕込み傘から抜き放った刀を、横薙ぎに振るう。ちょうど「血染め」の一撃と同じタイミングで、足の反対側から。打撃と斬撃によって、クリムゾンベヒーモスの足が挟まれる。
それは、クリムゾンベヒーモスの足の肉をほんのわずかだか、確実に削りとっていく。
あだむに閉じ込められてから、確実に一番から三番──タロマロたち三人の連携は向上していた。
あだむによる、一日生き残れというむちゃくちゃな要求。しかし率先してそれに乗ったタロマロは後悔はあれど選択自体には悔いはなかった。
これまでに無いほど、死を強く意識する今の状況によって、タロマロたち三人の新たな可能性が引きずり出されようとしている。それをタロマロ自身も手応えとして感じていたからだ。
問題は残りの三人だった。
世界ランク上位の探索者としてのプライドなのか、完全に個人プレイに走っている三人。国も所属もバラバラというのもあるのだろう。しかしそのせいで、致命傷は負ってはいないようだが、すでに三人とも見た目はボロボロだった。
今もクリムゾンベヒーモスの尾の一振りを手にしたロングソードで受け止め、床に足をめり込ませるようにして耐えているのは、世界ランク四位のアンジェだ。
ゴールデンナイトの異名を持つ彼女は、ぴかぴかの金色の全身鎧を身にまとっていたのだが、ここ六時間でそれもベコベコになっていた。
それでもさすがランク四位。クリムゾンベヒーモスの一撃をなんとか受け止めきっている。ただ、それだけだ。
強力な一撃を耐えた代償に、地面にめり込んだ足。それによってクリムゾンベヒーモスの次撃を回避するのは、到底不可能な状況へとアンジェを追い込んでいた。
再びロングソードを構えて耐えようとしたのだろう。しかし長く続く戦闘でその動きはとうにキレを失っていた。
明らかに、このままでは不味いことが、六時間もの間クリムゾンベヒーモスの動きを見続けてきたタロマロには理解できてしまう。
ブレスが来る。動きの止まった獲物を焼き付くそうとするクリムゾンベヒーモスのブレスが。
「ちっ。グスダボ、乱子!」
舌打ち一つして、二人の名前を叫ぶタロマロ。死線を潜り抜けてきた二人にはそれだけでタロマロの意図が伝わる。
足の抜けないアンジェのもとへと駆け寄るタロマロ。
「シッ!」
それを補佐するようにグスダボの鞭がうなり、クリムゾンベヒーモスの顔面を狙う。わずかに片目をつぶるだけで、その鞭を顔で受け止めるクリムゾンベヒーモス。
「ほげらぁぁぁっ!」
その死角側から神速で回り込んで乱子が気合い一番、アッパーカット気味に下顎を上に向かって殴り付ける。
わずかに、ブレスを吐き出そうとしていたクリムゾンベヒーモスの口の向く先が、アンジェからずれる。
そこで、終わらない。アンジェを背にしたタロマロは、隠し球で保有していた爆薬の仕込まれた仕込み傘を惜しげもなくクリムゾンベヒーモスの顔面に向けて投げつける。
溢れでた高熱のブレスが爆薬の仕込まれた傘に触れると連鎖的に爆発がクリムゾンベヒーモスの顔面の真ん前で生じる。その光と熱がクリムゾンベヒーモスの気をそらしている間にタロマロのアンジェの足を地面から引き抜くのを手伝う。
「屈辱です。助けなどいらなかったのに……」
憎まれ口を叩くアンジェ。しかしその言葉はどこか少し弱々しかった。
「まあまあ、そんなに気張るなって? これで少し生き延びれたんだから、良いだろ?」
アンジェの憎まれ口をなんてどこ吹く風とひょうひょうと返すタロマロ。
「そうね……ふぅ、ありが──」
そんなタロマロを不思議な生き物でも見るようにして、返事をしかけるアンジェ。しかしその言葉は巻き起こった轟音によって途中で途切れてしまう。
あだむによって閉じられていた出入り口の一つが爆発するようにして内側に向かって吹き飛んだのだ。
吹き飛んだのだ際に巻き起こる砂ぼこり。その先に何かの影が現れていた。
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