第132話 ユウトは眠り、世界は眠れぬ

 目黒の見つめる、ゆうちゃんねるのライブ配信の画面。

 右上のワイプに映っていたユウトがあくびをこぼすと、大きく伸びをしている。


 一瞬、ユウトの姿がアップになるとワイプから消える。どうやらゲーム機の電源をきって、その場から離れたようだ。そのままワイプ画面も消える。


 ──あ。ユウト君は明日学校だから、もう寝る時間ですかっ! 良かった。もう、これ以上の異常事態は本当に手に終えないです……


 朝早く起きるせいか、高校生としてはとても規則正しい生活を送るユウト。目黒は大きく安堵のため息をつく。

 既に生じた諸々の対策だけでも、完全に限界だった。


 既に頭が痛い。


 それは他のライブ配信視聴者も同じだったのだろう。コメント欄も提示された情報を何とか飲み込もうと四苦八苦するようなコメントが目立つ。


「──え。コメント、欄?」


 目黒は気づいてしまう。いつもならユウトが映らなければすぐに終了するライブ配信が、まだ、継続していることに。


 'ゆうちゃんねる特別対策チーム目黒です。クロコさん、なぜまだ配信が続いているのですか?'


 震える指でタイピングする目黒。


『ゲーム画面で説明がありましたように、これは現実の出来事ですよ、目黒さん。配信している映像は、リアルタイムの大穴の様子です。もちろんユウト様には一種の放置ゲームと説明致しておりますが。さあ、皆様。あだむといぶが動き出しましたよ。の活躍を共に応援しようではありませんか』


 とても朗らかなクロコの解説。

 どうやらライブ配信は継続されるようだ。それもクロコの話しぶりだと常時配信の可能性が非常に高い。


 何が起こるのか見逃すわけにはいかない目黒としては、もう、今夜は眠れないことが確定してしまった。


 そしてもう一つ、目黒は気がかりだった。クロコの示唆した、二人、という言葉。


 ──明らかに超越した力を持った、とても器用で繁殖力の強い種族……。まさか、です? いえ、もうそこはユウト君を信じるしかないです。


 これまで以上に真剣に、ライブ配信を見つめる目黒。コボルトたちの立ち振舞いが、一体どういうものなのか、今や世界が注目していた。


 side あだむ


 僕は辺りをじっくりと観察し、ゆっくりと匂いを嗅いでいく。

 不思議な匂いだ。

 いくつもの異なったダンジョンの匂い。そしてその無数の匂いを貫くように特に二つの強い香りがする。

 一つはこの世ならざるものの香り。

 そしてもう一つは僕といぶちゃんの創造主たる偉大なるお方のゆかりの者の匂い。

 その匂いからだけでも、ここがとても不思議な作られ方をしたことがわかる。


「いぶちゃん、始めようか」


 自分の魂に刻まれた命題のままに、僕は隣にさっきまでいた、いぶちゃんに声をかける。いぶちゃんも同じ命題を魂に刻まれていることを知っているから。


 この大穴の征服という命題、だ。


 離れたところにいた、いぶちゃんが、とことこと戻ってくる。何か巨大なものを引き摺っている。

 どうやら外の世界の、別のダンジョンからここ大穴に侵入してきた特殊個体のモンスターみたいだ。


「あだむ、近くにいたから狩ってきた。褒めて」

「偉いねー。いぶちゃん。それ解体して、道具作りができるね」


 いぶちゃんの頭をなでなでしてあげる。


「うん」


 僕たちは手の爪で、早速その、足のはえたクジラっぽいモンスターの解体を始めたのだった。

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