第127話 紛失の報告
「まさか、この短時間でクロが失くしちゃうなんて……」
俺はため息をつきながら、緑川さん達の家を目指していた。
あのあと大量に出てきた蜘蛛の駆除におわれ、ようやく夕食の仕度をし、夕食を食べ終わるころには結構な時間が経っていた。
外がすっかり暗くなるほどに。
そこで、はっと思い出したのだ。
緑川さんが蜘蛛に驚いて、置いていってしまった金色の鎖を、返してないことに。
慌てて
なんと、蜘蛛退治のバタバタで失くしてしまったとの回答がかえってきたのだ。
庭のどこかで落としてしまったらしい。
鬱蒼と雑草が生い茂り、闇に沈む庭を見て、俺はとりあえず素直に緑川さんへ事情を説明して、謝ることを決める。
明日以降に庭を探すのはもちろんだが、こういうのは先に報告だけでもした方が良いと思ったのだ。
そうして暗いなか、少し離れたお隣の緑川さん達の家に向かっている時だった。
「──あれ? 目の錯覚、かな」
俺は自分の目を擦りながら、独り言を呟く。
見えてきた緑川さんたちの家に、うっすらと金色のもやのようなものが掛かっているように見えたのだ。
これまでも、自宅の地下室などで影っぽい黒いもやは何度も目撃してきた。早川には馬鹿にされるが個人的には心霊現象の類いだと思っている例のあれだ。
それと、良く似ていた。色以外は。
緑川さん達の家に近づくにつれて、更に詳細が見えてくる。そのもやは薄ぼんやりとしていたがなんとなく鎖状になっていて、何か家の中にあるものに絡み付いているかのようだった。
──邪魔だな……
俺は思わず間近に見えてきたそれを片手で払うようする。
すると本当に目の錯覚だったかのように、そのもやが霧散する。
その時だった。
家のなかから緑川さんと加藤さんが焦った様子で出てくる。
「緑川! 急に様態が安定してきたっ」
叫ぶ加藤さんは毛布のようなものでくるんだ何かを抱えている様子。ちらりと隙間から見てたのは、子供の顔だった。
「とりあえず、すぐに車に! あ、ユウトくん!?」
「緑川さん、これはいったい?」
「加藤さんの子供が急に倒れちゃったの。ごめんなさい、訪ねてきてくれたのに。今、バタバタしてて」
「いえ、いいんです。すいません、こんなときに来てしまって。俺のことは気にせず行ってください。──その子も、どうぞお大事にしてください」
加藤さんには子供がいたらしい。小さな女の子のようだ。ちらりと見えた加藤さんの腕に抱かれた子の顔。なんだかそれは、少しクロに似ていた。もちろん、もっと幼い顔つきだが、どうにも他人事には思えなかった。
緑川さんも加藤さんも、挨拶もそこそこにすぐさまに車に乗り込み、出発していく。
俺はそれを見送り、倒れたという子供の無事を強く強く、祈る。
こうして、金色の鎖を失くしてしまったことは結局伝えられなかったのだった。
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