第126話 side 緑川 12
「ヘルスパイダーの糸が、こんなにかっ」
「はいです。しかも、巻き取られているのほ、どれもレアモンスターです」
持ち帰ったものを加藤に見せている目黒。
私はそちらをあまり見ないようにしながら、報告書の作成のため、パソコンに向かっていた。
虹の地平の大穴の縁で進化律から託された届け物。それは当初の予定とは少し変わってしまったが、一応ユウトの元へと届けたと考えて良いだろう。
今回のミッションについてはダンジョン公社としてももちろん正式に認可された作戦だった。そういう訳で、委細漏らさず報告書の提出が求められているのだ。
──これで、良かったのよね、オボロ。貴女へと再びまみえる、唯一の道がこうすること、なのだから。
たまたまユウトからもらったヘルスパイダーの糸諸々で、目黒と加藤が大騒ぎをしているのを聞きながら、緑川はひたすらにキーボードを押し続ける。
考えてはいけない可能性。どうしても沸き上がってくる不安を、直視しないようにしながら。
その時だった。
緑川達のいる地下の『ゆうちゃんねる』特別対策チーム支部、対策分室のドアが弾け飛ぶ。
吹き飛んだドアが反対側の壁にめり込み、大きな衝突音が響く。
──敵っ!?
一気に臨戦態勢をとる緑川達。
振り向いた先には、無数のドローンを従えたクロの姿があった。
「クロっ! これはどういうことっ?」
緑川が誰何の声を上げる。
体を引きずるようにして対策分室へと入るクロ。その様子は明らかに体調が悪そうだった。顔面は蒼白。ぐっしょりと全身に汗をかき、一歩、歩みを進めるのもつらそうだった。
引き連れたドローンも、半数はフラフラとしていて明らかに制御しきれていない。
「緑川っ! 裏切った、なっ!」
絞り出すように告げられたクロの怨嗟の声。その瞳はまっすぐに緑川に向けられている。
思わず息を呑む、緑川。直感的に、クロが言っているのは、緑川が金色の鎖をユウト達へと手渡したことだと理解する。
──え、でも、どうして? どうしてクロが苦しむの?
「ぐはっ……許さない。許さ、な──い」
そこでバタンと倒れ込むクロ。その周りに浮いていたドローンも、まるで機能不全を起こしたかのように落下すると動きを止めてしまう。
倒れてピクリとも動かなくなったクロへと加藤が近づいていく。もちろん、警戒しているのだろう、ユニークスキル空白はいつでも使えるように準備しているようだ。
「……息はあるが、完全に意識がない。いったい、どういうことなんだ緑川?」
しゃがみこみ、クロの様子を確認した加藤が緑川へとたずねる。
「──私にも、はっきりとは……。あ、目黒! 至急クロコへ通信っ」
「了解です! ──繋がりませんっ! これは、何者かに妨害されている模様ですっ」
「っ! 継続してコンタクトを! 加藤先輩は至急課長へ架電! 事態が判明するまで、コードブラックの発令を要請して!」
「おい、緑川。何を考えている!?」
ぐっと肩をつかまれ、加藤の方を向かされる緑川。その加藤の目は、緑川の様子を心配するものだった。
「加藤先輩──私、やっちゃったかもしれません……。架電、お願いします」
「……わかった」
見ないように見ないようにしていた、不安。それが今まさに目の前で起きかけている可能性におののきながら、緑川はせめて成すべきことをなさんと動くのだった。
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