第125話 激情と選択
クロコの手によって金色の鎖が懐中時計へと付け替えられる。
その瞬間だった。
懐中時計が勝手に浮かび上がったかと思うとその蓋が空く。
長針と短針が激しく回転を始める。反時計回りに。
進んでいた針が戻っていく。まるでこれまで懐中時計に蓄積されてきた何かが、急速に消費されていくかのようだ。そしてついに短針と長針が零を指した時だった。
付け替えられたばかりの金色の鎖が鞭のようにしなりながら、クロコのボディへと巻き付き、引き寄せ始める。
──エラー発生──エラー発生
──エマージェンシーモードへ移行
──移行実行
──移行実行
──移行失敗
──強制再起動を試行
──再起動失敗
──外部との通信遮断を確認──外部からの強制介入を確認──強制介入がファイアーウォールを突破
ホログラムが消えたクロコ。ころんとしたボディに巻き付いていた金色の鎖が、そのボディの中へと沈むように溶け込んでいく。
──演算領域に未知なる存在を確認。検索。進化律と同定。未知なる存在よりアクセス
懐中時計から伸びた金色の鎖がボディへ半分溶け込んだ状態で、プスプスと煙を上げているクロコ。
そのクロコから強制的にホログラムが投影される。
映し出された影は、ニ。
一つはクロコ自身のホログラム。しかし激しいノイズ混じりだ。
もう一つは、緑川が大穴の縁で遭遇した女性──『進化律』。
なぜか進化律のホロはノイズも走ることなく、端然とした姿を保っている。
『黒の影の影よ。この鎖がそなたの手に渡ったのは僥倖たるや否や。そなたはこの力で何を望むや』
「私の望みは我が偉大なる主にして、尊きお方たるユウト様の栄光と栄達です」
『ふむ。なるほどの。かのものは、大穴を空けし存在の主人でもある。私もかの者の手にこの力が渡ることを望んでいた。大穴の主として相応しかろうと』
「ユウト様に?」
『さよう。大穴は今だダンジョンに至る前なれば。ダンジョンマスターを求めておる』
「それは、ユウト様が、ただダンジョンをいただける、ということでしょうか?」
『否や。その力、もしくは眷属の力で大穴を塗りつぶす必要がある。全て塗りつぶした暁には人類側での初のダンジョンマスターがうまれるであろう』
「ユウト様は、ご事情があって直接大穴へと赴くことは難しいです」
『なれば遠くから指示をしてもらい、力を分け与えた眷属に代わりをさせれば良かろう。その決定権は今、そなたにあるぞ』
「それは──ユウト様の素晴らしさを、全世界へと示せるでしょうか?」
ホログラムに走るノイズ。それはまるでクロコの揺らぐ心のようだった。
『さもありなん。ちょうどそなたの中に、良き仕組みの構造が見える』
そういって進化律は、クロコのホログラムへとおもむろに手を突っ込む。
突然のことに、悶え苦しむクロコ。
抜き出した進化律の手には、ある物が掴まれていた。
『私の力で、そなたを生みし黒の影の力を奪い、そなたに授けよう。さすればこれに中身を吹き込めるであろう。いかがするや?』
そういって、手にしたものを差し出す進化律。
クロコのホログラムの表情は一見、変わらない。しかし徐々に徐々に、その内側に秘められていた激情が、その顔を彩っていく。
「──ユウト様に、栄光と栄達を」
クロコが手をのばす。伸ばしてしまう。
進化律からクロコが受け取ったもの。それは最新型のゲーム機の形をしていた。
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