第122話 こうかんこ

「こんにちは、ユウト君。いまちょっといい?」


 ドアの外にいたのは、緑川さんと目黒さんだった。


「あ、こんにちは。すいません、こんな格好で」


 ツナギ姿に、手には枝を持ったまま出てしまったのだ。


「ゆ、ユウト君、そ、それっ──」


 驚いたように両手で口を押さえ、ふらっと、よろける目黒さん。

 その様子を見た緑川さんも、目を細めるようにしている。


 ──あ。やば。めちゃくちゃ引かれた……あまり見た目の良いものじゃない、よな。


 俺は手にしたままのクモの糸が巻き付いた枝をそっと、背中側に持っていく。


 握ると、親指と人差し指の先がちょうど重なるぐらいの太さの枝。その枝の先に巻き付いた大量のクモの糸が、玉のように膨らんでいる。

 そしてそこに、無数の虫の死骸が絡みついているのだ。


 女性陣に見せつけるに相応しいとは、到底言えない物体なのは、間違いない。


「あの、先にこれ、ちょっと捨ててきますね」

「えっ! す、捨てちゃうんです……?」


 ごくりと喉をならして、尋ねてくる目黒さん。

 よろけたところを、緑川さんに支えられている。ただ、貧血とかでよく顔色が青白くなるのとは逆に、その頬や耳は真っ赤だ。まるでひどく興奮しているかのように。


 ──あれ、そういえば目黒さんって、蜂の巣の時も、虫とか何でも好きって言ってたっけ? プチプチした感触でいくらでも食べられるとか。いやでも、さすがにこれは……


 俺は迷いつつも、そっと木の枝を差し出してみる。

 ぶるぶると小刻みに震えながら、両手で受けとる目黒さん。片手で持つには小柄な彼女には少し太かったようだ。

 大事そうにぎゅっと握ると、なんとも形容しがたい表情を浮かべて枝と、その先の膨らみへ熱い視線を向けている。


 ──え、まさか本当に食べるのっ? 勢いで渡しちゃったけども! ……あ、でもそう言えばクモの糸って、蚕の糸に似た体に良いアミノ酸が入ってるって。何かで読んだ気もする……


「こんなに太いの、初めてです……」


 枝の先を見て目黒さんが呟く。どうやら目黒さんは、クモの糸の太さの事を言っているようだ。


 ──それはまさか、可食部が多いってこと? え、やっぱり食べるんですか、目黒さんっ!?


 言葉にはならない突っ込み。

 思わず緑川さんに同意を求めて視線を向けるが、緑川さんはクモの糸を今にも食べそうな目黒さんにあまり関心を払っていないように見える。


 ──そ、そうか。緑川さんからしたら目黒さんが虫とか食べるのは、当然、慣れてるよな。一緒に暮らしている訳だし。俺がとやかく言うことじゃないか。


「あ、それどうぞ……」


 今更ながらに目黒さんに告げる。


「っ! はいっ! ありがとうございますですっ」


 とても良い笑顔の目黒さんから、お礼を言われる。


「ユウト、どなたがいらしたのですか?」

「あ、クロ。緑川さんと目黒さん」

「こんにちは、お二人とも今日はどういったご用向きでしょうか」


 顔を見合わせる緑川さんと目黒さん。


「──これを」


 言葉少なに、何かを差し出してくる緑川さん。

 その顔はこれまで見たことのないぐらい思い詰めているように俺には見えた。

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