第121話 天井の主

「うーん」

「どうしたのですか、ユウト」

「ああ。クロか。いや、あれなんだけど」

「──クモの巣ですね」

「そうなんだ。しかもさ。なかなかでかいよね」

「片付けるのですか?」

「悩んでる。只でさえ虫が多いから、少しでも他の虫を減らしてくれるなら、とは思うんだけど……」

「けど、ですか?」

「ああやってさ。巣に干からびた他の虫の死骸がたまるのは、さすがに景観が」


 天井を見上げながら、俺はそんなことをクロクロコと話していた。

 早川たちといった旅行は結局中途半端で終わってしまった感が強い。最後に避難するときに早川はちらっと花鳥風月さんを見れて喜んでいたみたいなのは、良かった。

 実際に、花鳥風月さんが自らの足で空を駆けていく姿は、特にファンというわけではない俺から見ても格好よくみえた。


「では、やはり、かの巣は排除するしかないのでは? 共存は難しいとのご判断なのでしょう?」


 クロクロコが、重々しく告げる。いかにも重大事だと、ばかりのその様子に、俺も悪ノリしてみる。


「うん。共に生きることは出来ない、ね。じゃあちょっと脚立をとってくる」


 そうクロクロコへと返事をして、俺は地下へと向かう。


 ──そういえばクロはドローンだから天井付近にまで上がれるよな。アームでちょちょいとクモの巣とってもらって……いやクロにクモの巣が絡まって虫の死骸だらけになったら可哀想か。やっぱり自分で撤去しよう


 ちょっと想像するだけでも、クモの巣まみれになったクロクロコが思い浮かぶ。

 最近わかったのだが、意外とクロクロコはおっちょこちょいみたいなのだ。


 なんだか前よりも面白いミスをするんだよなーと思いながら脚立を持ってくると、汚れ対策でツナギに着替え、庭から拾ってきた枯れ枝を手に、俺は早速クモの巣除去に取りかかった。


 脚立に登り、手にした枯れ枝でくるくるとクモの巣を巻き取っていく。


「ユウト」

「うん?」

「それ、合ってるんですか?」

「え、一応とれてるよ?」

「そうですか」


 なぜかクロクロコから疑問の声が上がる。まあ、確かに少し取り残しはあるか、と天井の角を重点的に枝でつつく。

 そうして脚立を移動させながら天井のクモの巣を除去しているときだった。

 来客を告げるチャイムが鳴る。


「はーい」


 返事をしながら枝を片手に脚立を降りると、玄関へ向かう。

 その俺のツナギのポケットの中。

 入れっぱなしにしていた金色の懐中時計が、かちゃりとその針を進めていた。

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