第三部 蠕動
第120話 第三部プロローグ
虹の地平、大穴の淵で緑川の目の前に突如として現れたのは、一人の女性。
そう、見た目は人の形をしていた。
彼女に、緑川は一度だけ会ったことがある。
「『進化律』……」
「ようこそ。我が写し身の二たる存在の元へ。許諾を受けしものよ。可能性はお元気ですか?」
それはかつてユウトから貰ったお礼のしおりの件で遭遇した存在。そして緑川もその一つを持つ、ユニークスキルの許諾を司る存在だった。
「可能性──ヴァイスは元気ですよ」
緑川は沸き上がる不快感を抑え込んで、冷静に答える。ヴァイスの特性を最も理解しているであろう存在が、こともあろうに元気か訊いてくるのだ。
嫌みにも程がある。
「そう──さて、現世への顕現は疲れます。これを。彼に」
そういって、興味を失ったとばかりに『進化律』と名乗った女性は何かを差し出してくる。はたまた、本当に現世への顕現が負荷の高い行為なのかもしれない。
緑川は考えても仕方ないかと、そろそろと防護服にまとわれた手を出して、受けとる。
「彼とは誰ですか──」
「気をつけて。『因果律』の手のものが、また現れます。魂の簒奪を防がねばなりません。その『鎖』を『懐中時計』に。そなたの愛しき存在はそのさきに在ります」
それだけ告げ、現れたときと同じように突然、進化律は姿を消す。
ただ、緑川の防護服に包まれた手の平に金色に輝く一本の鎖だけが残っていた。
「これは、どう考えてもユウト君に渡せということ、よね。懐中時計って、あの黒1ダンジョンで産出した宝物だろうから。はぁ。何て言って渡すのよ……。しかも安全かどうかまったくわからない物を……。でも、オボロに会える可能性は、もうこれを渡すしか──」
大穴へと背を向け、人間の領域へと戻ろうと歩み出す緑川。
手にしたものは希望であり、そして悩みの種でもあった。苦しい言い訳をのべながらユウトへと対面し、金の鎖を渡す未来を想像して、ため息を堪えながら、しかしその緑川の足取りは確固たるものだった。
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