第119話 第二部エピローグ

 結局、オボロは戻らなかった。


 あれから数日後。じりじりとした焦燥感に苛まれる日々を乗り越え、緑川はついにこの場所に立っていた。


 かつてこの国には、四十七の都道府県があった。今では完全に人の支配から離れ、遺棄された県。それが四つ。

 四つの廃棄県からなる地域。通称、『虹の地平』


 様々な等級の無数のダンジョンがひしめき合い、ダンジョン等級の示す色がまるで虹のようになっていることからそう呼ばれるこの地域に、今では一つの大穴が空いていた。


 クロの分体ドローンが追跡していた、授与式の会場を襲撃した犯人らしき存在の逃げ込んだ場所。

 そしてクロのドローン映像を見る限りでは、オボロが大穴をあけ、中に飛び込み、そして今だ戻らない場所、だ。


 その大穴のふちの近く。

 緑川は一人、完全気密の魔素防護服をまとい、立っていた。


 ここ数日間の出来事がまるで走馬灯のように緑川の頭のなかを巡る。


 数時間後に再開された授与式。

 戻らないオボロ。

 急遽、目黒のマジカルメイクアップによって代役をつとめることになった緑川。

 なんとか代役をこなし、ユウト君と早川さんを無事にそれぞれの自宅に帰りつくのを見届けた。

 その日の深夜に行われたダンジョン公社の会議。

 そこでクロによって告げられた、オボロによって生み出されたと思われる大穴の特異性。

 その提示された大穴の可能性に色めき立つ人類側。それを見つめる冷ややかなクロの視線。

 それらを尻目に、緑川は真っ先に現地調査を志願した。

 クロの分体が大穴に単独侵入出来ないという謎の現象と、ダンジョン公社の意向がうまい具合に合致し、緑川の志願は認められる。

 そして数日間の『不運ハードラック』の日々。


 それらを乗り越え、ようやく降り立ったこの地。

 しかしその大穴のあまりの偉容に、緑川の気持ちは、いまや完全に圧倒されかかっていた。

 どこから取りかかっていいのか、わからないほどに巨大な大穴。近づくことさえ本能的な恐怖を覚えるそこに、それでも緑川は一歩、また一歩と近づいていく。


 そしてもうあと一歩で完全に大穴に落ちるという場所まで来たときだった。

 緑川の意思や感情とまったく関係なくその役割を果たすユニークスキル、『不運』がその力を発揮する。


 何かが、緑川の前に現れようとしていた。

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