第123話 鎖と時計とクロコ

「ユウト君、懐中時計を持っていたでしょう? 金色で、鎖部分が銀の」

「え、これのことですか?」


 俺はちょうどツナギのポケットに入っていた懐中電灯を取り出す。


「そう。それの替えの鎖にどうかなって」


 そういって金色の鎖を差し出してくる緑川さん。


「え、そんな高そうなもの、貰えないですよ。それにこの懐中時計も庭で拾ったもので、持ち主も良くわかってないんです……」

「そうなの……。実は私のこれも貰い物でね。持て余しちゃってて。そっか。ユウト君もいらないか。困ったわ」


 そういって本当に困った様子を見せる緑川さん。大人の女性の困った顔というのはなかなかの圧力だ。俺もそれをみて、どうしたものか、悩んでしまう。


 ──えっと、これって貰った方がいいの? でも高そうな鎖だしな。


 その時だった。緑川さんの悲鳴が上がる。


「きゃっ。クモッ」


 驚いた拍子にか、緑川さんの手にしていた金色に鎖が宙を舞う。両手で口を押さえる弾みで飛んでしまったようだ。ちょうど飛んだ先にいたクロクロコが、鎖を受け止めてくれる。


 俺は緑川さんの視線を追って身を翻す。

 蜘蛛だ。大きい。

 たぶん天井に張ってあった巣の主だろう。


「ユウト、これを」


 そのタイミングでクロクロコが新聞紙ソードを手渡してくれる。


 ──グッジョブ、クロっ


「ありがとう! !」


 俺は手に持っていた懐中時計をクロクロコに渡すと、新聞紙ソードを受けとる。


「ご、ごめんなさい! 蜘蛛だけはダメなのーーっ!」

「み、緑川先輩っ! まってーっ!」


 時計と新聞紙ソードを交換していた俺の足元をすり抜け、かさかさと高速で緑川さんたちへと迫る蜘蛛。


 悲鳴をあげて緑川さんが外へと逃げていく。目黒さんもそのあとを追っていく。


 どうも、緑川さんが、さっきから目を細めていたり、クモの巣のついた棒を持った目黒さんの方を見ないようにしていたのは、蜘蛛が苦手だったからのようだ。


 そんなことを考えながら、俺は新聞紙ソードを手に、蜘蛛を仕留めようと追いかける。


「緑川さん、すいません! すぐに退治します!」


 一閃。


 湿った音を立てて、潰れた蜘蛛から体液が飛び散る。


「ご、ごめんなさい。今日はこれで失礼します!」


 蜘蛛が苦手すぎて蜘蛛の死骸もダメなのだろう。そのまま走って帰っていく緑川さん。


「ユウト君、ごめんです。失礼しますです!」


 目黒さんもそんな緑川さんを追っていってしまった。


「ユウト、第二波。来ました」


 クロクロコの声に、第二波とは何のことかと振り向くと、同じ種類のやや小ぶりの蜘蛛がいた。それも、何匹も。

 俺は新聞紙ソードを握り直すと、散り散りに移動している蜘蛛たちへと一歩近づくのだった。

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