第115話 腕の一振り
その時、いくつもの事が同時に起きた。
建物の激しい揺れにうずくまる早川と、その傍には飲み物を持ってきてくれた女性。
次の瞬間、天井から真っ白な雲のような、霧のようなものが現れたかと思うと、一瞬にしてそれが部屋を満たす。
──はやかわっ
俺が早川の方を向くと、その周囲数メートルには霧のようなものが存在しないようだった。キラリキラリと早川にあげた腕のブレスレットが光っている。
──良かった。早川、無事か。しかし気のせいか、この霧みたいなもの、重たいな
なぜか重たく、体にまとわりつくような霧。
それは早川のもとへ駆けつけようとする俺の動きの邪魔だった。
俺は思わず、
俺はその一振りで、手のひらに、腕に、不思議な手応えを感じた気がした。それはまとわりつく霧そのもの、というよりもその奥に存在する害意あるなにか自体へと、ジャストミートしたかのような不思議な感覚だった。
頭の理性的な部分では、そんな感覚は単なる勘違いだろうとは思いつつも、本能的な部分が告げていたのだ。
あれは、打ち払うべきものだ、と。
そして次の瞬間、室内に充満していた霧が跡形もなく消えていた。
まるではじめから存在しなかったのではないかと思うぐらいに、呆気なく。
と、同時に建物の振動がピタリと止まる。
俺は早川のもとへと駆け寄る。
「早川っ! 大丈夫か?!」
「ユウト~。揺れたね。地震かな。思わず座り込んじゃった」
手を引いて早川を立ち上がらせる。隣では係りの女性もゆっくりと立ち上がっていた。
「お客様、お怪我はありませんでしたか? しばらくすると避難に関するアナウンスが出ますので──」
「大丈夫です」「私も大丈夫!」
奇跡的にこぼれなかった飲み物を飲みながら、俺たちはアナウンスとやらを待つ。
「しかしあの白い霧みたいなのはなんだったんだろう……」
「霧? そんなのあった」
「え、部屋のなか、白くならなかった?」
「どうだろう、わからないや」
「うーん。俺の見間違いかな」
俺もなんだかだんだん自信が無くなってくる。
ちょうどその時、館内アナウンスが流れる。
それは局所的な地震を観測したこと。また、式は一旦中断とする事。建物への被害は現在確認されておらず、係りの者の指示に従って最寄りの非常口からの避難を呼び掛けるものだった。
「それでは避難をいたします。こちらへ」
どうやらこのまま避難誘導をしてくれるようだ。
俺たちは係りの女性に連れられて、建物の裏方部分らしきところを案内されてながら、外へと向かって歩きだす。
いくつかのドアを抜け階段を降り、角を曲がったときだった。
他の避難しているらしき集団の後ろに合流する。
「あ、ユウトユウト! あれ花鳥風月さんだよっ」
歩いていた俺の腕をぐいぐいっと引っ張りながら、興奮した様子で早川がそんな事を言い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます