第112話 貴賓席

「うわっ……。これはすごいね」


 到着した貴賓席は、完全に個室だった。高価そうな椅子が、部屋の入り口から見て正面にある大きな窓近くに、二脚並べて置かれている。


 室内を照らす照明はシャンデリアのような感じだ。室内に暖かみのある光を投げ掛けており、全体的に落ち着いた雰囲気を演出しつつもにじみ出る高級感が漂ってくる。


 何かの手違いなのか、結局よくわからないままに案内されてきた、授与会場の貴賓席。

 途中でやけに豪勢なエレベーターに乗って、上の階へときたので、歩く道すがら建物の上の方にあるとは予想していた。


「うわー。すごい眺めだよ、ユウト」

「一望、って感じだな……」


 正面の窓はどうやら会場内を見るための物のようだ。授与式が行われるだろう壇上はもちろんのこと、客席の様子も上から眺めることの出来る作りになっていた。


「あ、これダンジョン産のガラスかもっ。そうだとしたらめっちゃ高いんだよ。防弾ガラスの何倍も頑丈なはずっ!」

「おいおい、あんまり触ると指紋がつくぞ」


 なぜか早川がガラスに食いついている。俺は思わず早川をとめる。ちらりと見ると、背後に控えて立っている案内の女性は、この程度では動じないですよとばかりに、穏やか笑みを浮かべたままだ。


「こちらのお席へどうぞ。お飲み物はいかが致しますか?」

「あ、はい。ほら、早川も」

「はーい。あ、でも高そうじゃない? あんまりお金ないよ、ユウト」


 差し出されたメニューには、確かに金額の表示がない。これが噂の時価かと緊張が走る。


「俺もだ……」


 俺も椅子に座りながら呟く。

 椅子の座面は予想していたよりも硬めだった。しかし不思議と体に負担がかからない。しっかりと体を支えてくれているのがわかる。不思議と心地よい座り心地。


「お飲み物はサービスですので、ご安心ください」


 にこりと笑って告げる案内の女性。


「あ、じゃあ私はこのブドウジュース」

「俺はアイスコーヒーに」

「かしこまりました」


 そういって部屋から退出していく女性。

 ドアがしまったところで、ぴょんっと早川が椅子から飛び降りる。


「さすがに緊張するね、こんな豪華なところ」


 ニシシと笑いながら告げる早川。


「ああ。ただ早川は全然緊張している風には見えなかったぞ?」

「ひどいなー。豪華さに引くぐらい緊張してたのに」

「すまんすまん。でも、どうしてこうなったんだろうな」


 俺はチケットのシステムとか良くわからないので首を傾げるばかりだ。

 受付では一般席は満席と言われたし、貴賓席がこんなにとんでもなく高そうな席だとは思ってもみなかったので軽い気持ちだった。早川が行きたがったのと、緑川さんにオーケーを貰った、というのも大きい。


「さあねぇ。まあ、こんな経験、一生で一度だろうし。楽しむのがいいんじゃない?」

「まあ、それもそうか」

「あ、そろそろ始まるみたいだよ! ユウト!」


 窓へと再び駆け寄る早川。両手を窓につけた早川の腕で、俺が前にあげたブレスレットがキラリと光る。

 ドアが開いて、先程の女性が戻ってきた。


「お飲み物をお持ち致しました──どうぞ」

「ありがとうございます!」


 ブドウジュースのグラスを早川が手にとる。

 突然、俺は強いゾクッとした悪寒を感じる。思わず、天井の方を仰ぎ見てしまう。


 次の瞬間、建物が激しく揺れ始めた。

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