第111話 side 緑川 10
──ここまでは順調。ちょっとした色氏名からの横やりはあったけど、大きなトラブルはなし、と。
緑川は耳につけたイヤホンにそっと手を添える。
会場の内外に配置されているダンジョン公社の手の者たち。誰からも異常を告げる無線は入っていない。
ちらりと後ろを向くとユウト君が空を見上げているようだ。少し、遅れている。
しかし声をかけるまでもなく追い付いてくるユウト君。緑川はふっと軽く息をはくと前を向きスマホを取り出す。
──周囲にいる一般観覧の客たちも、そのほとんどが公社や関係の深い団体の息がかかったものたち。何も心配はいらない……
スマホで電子チケットを提示して入場する緑川と目黒。そのあとから同じようにスマホを提示したユウト君たちが無事に入場、しなかった。
「あー。すいませんこちらのお席はすでにチェックイン済みになります。予約番号からお調べいたしますのでしばしお待ちください」
「え? 本当ですか──」「どういうこと?」「いや、俺にもさっぱり」
係りの人に止められるユウト君たち。わちゃわちゃしている。
「どういうことですか?」
緑川は思わず受付の女性に詰め寄ってしまう。笑顔でそれを受け流す受付の女性。
「はい、どうやら電子チケットの文面が間違いだったようです。誠に申し訳ございません。正しいものをメールで再送いたしました。お客様、ご確認頂けますでしょうか」
何やらパソコンで操作したあとに、深々と頭を下げ、そう告げる受付の女性。
「あ、メール来てます。これでいいですか?」
改めてスマホで電子チケットを提示するユウト君。
「はい、ご提示ありがとうございます。お手数をおかけして申し訳ございません。お席は貴賓席となりますので、係りの者がご案内致します」
「え、一般観覧じゃないの?」
「はい。こちらは貴賓席のチケットとなります。申し訳ございませんが一般観覧はすでに満席でして、お取りかえも難しく」
「──どうしましょう、緑川さん」
ユウト君が困ったようにこちらをみて尋ねてくる。緑川が答える前に、早川さんが楽しげに割り込んでくる。
「え、貴賓席って面白そうじゃん! 行ってみたい! それに一般観覧の席は満席なんでしょ?」
「確かにここまできて見れないのも残念だよな、早川。いいですか? ちょっと別の席になっちゃうみたいですけど。緑川さん」
緑川はダメと言いかけてグッと詰まる。
──くっ、ここにきてトラブル発生とは。誰の手回し? ユウト君たちを貴賓席に行かせようとする理由はなに?
ぐるぐると無数の疑問と可能性が緑川の頭をめぐる。しかし無理やり笑顔を作って緑川は告げるしかなかった。
ユウト君の邪魔をしない。
それがダンジョン公社としての基本方針だったからだ。
「わかったわ。何かあったら連絡してね。終わったらここで集合にしましょう」
「はい」「わかりました」
崩れそうになる笑顔を浮かべ続け、了承を告げる緑川。
「では、ご案内します。こちらからどうぞ」
ユウト君と早川さんはどこか楽しげに係りの人に連れられ貴賓席の方へと去っていった。
「目黒、至急調べて」
「はいぃ──今調べるです!」
鋭く、しかしユウト君たちに聞こえないよう囁くように緑川は、チケットを用意した目黒に告げるのだった。
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