第110話 曇り空

 早朝の静謐な空気がドアが開く度に流れ込んでくる。


「ふわぁー」


 泊まったホテルのフロント前のふかふかのソファー。俺はそこに腰掛けながら大きくあくびをする。つられたように、隣に座った早川からもあくびをする音が聞こえてくる。

 今日はこの後、朝食をとったらいよいよ花鳥風月さんへの桜花剣章の授与式だ。


 昨日、俺たちは国立博物館から帰って、ギリギリで間に合って緑川さんたちとホテルのビュッフェで夕食をとっていた。とても美味しくて、そこまでは良かったのだが、その後が問題だった。

 夕食後に、宣言通り早川が俺の部屋に緑川さんたちを伴って襲来したのだ。

 持ち込まれたジュースとお菓子、そして目黒さん厳選の無数のカードゲームとボードゲーム。


 気がつけば、時計の針は頂点を軽く過ぎていた。普段夜更かしをしない俺が、半分寝ている様子なのを緑川さんが指摘してくれて、なんとかお開きにしてくれたのだが、眠すぎてほとんど記憶がない。


「お待たせ」


 現れた緑川さんと目黒さんは二人ともピシッとしたスーツを着込み、眠そうな様子など欠片もなかった。まるで夜更かしなど慣れたものといったその様子に、俺は思わず羨ましくなる。


 ──大人ってすごいな……。うん? そういえば緑川さんが、時たま早朝にめちゃくちゃ眠そうにしているのを見かけたことがあった気がするけど……


 俺が眠たい頭でぼんやりそんなことを考えながら立とうとすると、こてんと肩に重みと温かさが加わる。


「っ? 早川、早川! 起きろ。緑川さんたち来たぞ」

「うーん。……あと五分」


 肩の重みに向かって告げるも、寝ぼけた返事が返ってくる。


「あらあら」「青春です」


 目の前の二人からの、なま暖かい視線。

 俺は力ずくで立ち上がるわけにもいかず、困り果てているとさすがに見かねた様子で緑川さんが前屈みになり、早川の耳元で何かを告げる。


「ふぇっ! あ、おはようございます」


 ばっと、立ち上がる早川。


「はい、おはよう。さあ、時間もあまりないし、軽く食事をとっちゃいましょう」


 そうして手早く朝食を済ませると、俺たちは式典会場に向けて出発した。


 ◇◆


「着いたわよ。ここが式典の会場」

「うわー。立派ですねー」

「まあ、様々な国の重要イベントをする会場だからね」


 俺は周囲を見回す。すでに開場しているようだ。老若男女、たくさんの人たちがいて、ゆっくりと会場の中へと進んでいる。大人たちはみな着飾っているが、そこに混じって見える俺たちと同世代ぐらいの奴等は比較的ラフな格好が多い。


 ──花鳥風月さんがダンジョン配信者だし、ファンの人たちが来ているんだろうな


 そうやって周囲を見回していると、俺はふっと気がつく。


 ──さっきまで快晴だったのに。急に曇ってきた……。雲、だよな、あれ?


 俺はゾワッとした感覚に、大きくぶるっと身震いする。

 前を見ると早川たちはすでに先に行っている。


 俺は追いかけるようして会場の中へと入っていった。

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