第109話 楽しいダンジョントーク

「すいません、うるさくして」


 近づいてきた女性に俺はとっさに謝る。


「いいんですよ。とても熱心にご覧になっていたので。ダンジョン、お好きなんですね」

「大好きです!」


 話しかけてきた女性に、ハイテンションのまま答える早川。まったく、子供みたいだ。


「ふふふ。うれしいわ。あんなことがあったでしょう。ここを訪れる人も減ってしまって。ああ、はじめまして。私は白羅ゆりと申します」

「早川です。白羅さんはここの職員さんなんですか」


 早速握手を交わして挨拶している早川。コミュニケーション能力高いなと、その様子を少しあきれて見ながら俺も名乗る。


「そんな感じです。まあ掛け持ちバイトの一つ、みたいなものなんですが」


 落ち着いた物腰で、いかにも出来る人といった感じの白羅さんのその言葉に俺は少しだけ違和感を覚える。


 しかし楽しそうにダンジョンの産出品の話をしている白羅さんと早川の様子をみて、そんな違和感もすぐに消えてしまう。


 白羅さんはさすが職員というだけあって、とても詳しいようだ。展示されている宝物の裏話も交えたこの語り口自体も、とても面白い。


「この宝物、常夏の香箱は運び込まれた時に一騒動あったらしくて。建物中が南国の香りになってしまって除染作業に別の宝物を借りてこなくていけなくて──」

「へぇ」


 白羅さんの話をきく早川の目がキラキラとしている。

 俺はそんな早川をみて、思わず良かったと思ってしまう。心から楽しんでいるようだ。


 ──しかし、この白羅さんって人。詳しすぎないか? 全然バイトの知識量じゃないだろ。いや、学芸員だとこういうものなのか。


 俺がいぶかしく思い始めた頃に、ようやく二人の話が終わる。


「あ、ユウト。そろそろ戻らないと夕食の時間」

「ああ、そうだな。白羅さん、ありがとうございました。それでは俺たちはこれで……」

「そうなの。ああ、そうだ。ユウトさん」

「はい?」


 急に距離を詰めてくる白羅さん。俺は思わず驚いて固まってしまう。

 早川が目を見開いてこちらを見ているのがわかる。

 そんなタイミングで、俺の耳元で白羅さんが囁くと、すぐに離れていく。


「それじゃあ、お二人ともお気をつけて」


 そういい残して白羅さんは足早に立ち去っていった。


 ◆◇


【side緑川】


「というわけで、白羅ゆりもユニークスキルホルダーなの。スキルは『空耳ミスヒアリング』。幻聴や聞き間違いが、高確率で実現する、らしいわ」

「らしいとはまた、あやふやだの」

「何せ聞き間違いだから」


 オボロのツッコミに肩をすくめる緑川。そのまま話を続けるようだ。


「ただ、前に会ったときには、力ある存在の言葉の方が、その効果も強くなると言っていた」

「それで、御主人殿を、か。なぜにそれを許したのだね? マドカ」


 少しだけその瞳が険しくなるオボロ。

 しかし、口調はまだ何とか柔らかい。


「──あの人、国立博物館の理事もしているから、ユウト君たちが向かうと連絡したら、この機会にユウト君と話したいと色氏族を代表して公社に正式に要請が入ってしまって……」

「政治です、オボロ。弁えなさい」


 珍しく、クロから緑川へフォローが入る。


「ふん。我は何が起こるかわからぬことに御主人殿が利用されるのが、我は気に食わぬのだ」

「それで、どうにかなるユウト様でも無いでしょうに」

「お主は! 主人への敬意というものはないのか!」

「私は実利が大事かと思いますが。ユウト様はこの旅を楽しまれている様子。それがすべてでは? それこそ、些事は私たちが何とかすれば良いのです」

「ふんっ! わかっておる!」


 そういってプイッと顔を背けると部屋の角っこへと向かうオボロ。

 部屋から出ていかないのはさすがに弁えているようだ。


 緑川はクロへと感謝の意思を込めて一礼すると、部屋の角を向いて佇むオボロを宥めに行くのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る