第68話 side 緑川 5

「終わった……。こちらコードグリーン。黒き黒の無事の帰宅を確認。」


 私はユウトが無事に家にたどり着くのを遠距離から確認していた。既に見た目は元に戻っていた。化粧ベースのアーティファクトらしく、化粧落としでしっかりと落ちて、見た目は元に戻るのだ


「こちらコードワン。グリーン、ご苦労だった。グリーンの頑張りで、今日も世界は滅びずにすんだ」


 課長からの労り。

 私は、特注品の双眼鏡をしまうと、ダンジョン公社支部へと向かう。


 ──ああ、帰ったら報告書の作成だ。でも目黒と加藤先輩は今頃本社で、確保した教団関係者たちの聴取、かな。残業お疲れ様です。


 ドアを開ける音で気がついたのだろう。ヴァイスがひょっと、廊下の角から顔を出してこちらを見ている。


「ああ、ヴァイスー。良い子にしてたかな」


 私の声にとことこ歩いて近づいて来るヴァイス。お鼻がヒクヒクしている。


「うう、がまん。がまんよ、緑川。歴史ある色氏名しきうじなの末裔の一人として、ここが正念場……」


 思わず伸ばして抱き上げようとした所で、バッと両手を上に掲げる緑川。

 その急な動作にビクッとして立ち止まるヴァイス。


「ああ! ごめんねヴァイス。急に動いてビックリしちゃったよね」

「ゴロゴロゴロ」


 私が謝ると、その場で喉を鳴らしながらお腹を見せてくれるヴァイス。どうやら撫でてほしいようだ。


 ──な、なんという甘美な誘惑。ああ、思わず手が出ちゃう。


 ふらふらとしたところで、ハッと気がつく。

 今自分が何をしようとしていたかを。


「ごめんねヴァイス」

「な~」


 再び私が謝ると、腹を見せるのをやめてスタスタとヴァイスが立ち去っていく。


「ああ、ごめん、そんなつもりじゃないんだよ……」


 玄関で思わず座り込んでしまう。

 そこにヴァイスが戻ってくる。


「ヴァイス!」

「な~な~」


 その口には真っ白な猫のぬいぐるみ。ヴァイスの玩具ように買ったものだ。


「な~」

「え、もしかして貸してくれるの?」

「なー」

「ありがとう。はぁ、ありがとうヴァイス」


 私はヴァイスに触れられない分まで取り返すかのように、真っ白な猫のぬいぐるみをぎゅっと抱き締めるのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る