第66話 オフ会の裏で

「ぐ、ギャぁぁぁ」「せ、セリアス部長っ」


 突然、未来視ハローフューチャーが勝手に発動する。ユニークスキルの暴走だ。

 私の周囲にいた部下たちが遠巻きに移動すると医師団が急ぎ現れ、私へポーションの静脈注射を始める。


「だめです。バイタル、安定しませんっ」

「追加投与! 続けてっ」


 周囲の雑音を押し退けるように、ユニークスキルによる映像が私の脳に押し寄せてくる。


 未来が急速に書き換わっていく。

 それも何度も何度もだ。幾重にも重なりあうようにして未来が分岐と統合を繰り返している。


 ──これは、かつて一度だけ見たことがある。時空震、だ。そうか。私は手を出してはならない禁忌を、犯してしまった。


 自分では制御が効かないユニークスキルの暴走。みるみる、霊草から精製したポーションの残量が減っていく。

 通常の何倍もの痛み。とうの昔に、慣れたはずのユニークスキルの使用だったが、いつものように無表情を維持できない。

 獣のように顔を歪ませ、声の限りに悲鳴を撒き散らしてしまう。


 ユニークスキルによる映像が教えてくれる。

 この痛みは自業自得なんだよ、と。


 どうやら未来を何度も書き換えている時空震の発生源は、黒き黒のようだ。


 私が『教団』に依頼して、とある啓蒙済みのライバーの集まりに送り込んだ『教団』信者。

 彼にはとある少女を拉致させる計画だった。黒き黒の一番身近な、少女。


 その少女を手にすることが、我が国の未来の安寧へと繋がる、はずだったのだ。


 それが、どうも失敗に終わったらしい。それも黒き黒の指先一つで。その余波で時空震が生じて、それに関与していた私は、この様だ。


「ポーション、残量ゼロです」

「バイタル、いぜん危険閾ですっ」


 そのまま、私の意識は、痛みに飲まれていってしまった。


 ◇◆


(時刻は少し遡り side ジョゼ三世)


 ──うんうん、ちゃんと目的の人物に特別賞を当たるように出来た~。あとはお借りしたこのスマホの画像を見せるだけ~。教主さま、ほめてくれるかな~


 うきうきとしながら別室で待っていると、スタッフが目的の少女を連れてくる。


「こんにちは~。ジョゼ三世だよ~。特別賞おめでとう~」


 ──あれ、おかしいな。足がプルプルしてくる


「ジョゼ三世さんっ。いつもライブ配信見てます! 画面越しで見るより素敵です」

「ほんとに~? 嬉しいな~。君もその格好、ダンジョン配信しているのかな」


 ──な、何これ? 私の体に、何が起きているの? 膝を。膝をつきたい。伏したい。目の前の少女に屈したくて仕方ない……。なんで、なんでよ~。こんな年下の少女に、どうしてこの私が……


 体の謎の欲求に逆らって、ジョゼ三世は無理やり立ち続けようと試みる。だらだらと冷や汗が流れ始めていく。


「あ、そうなんです! でもまだダンジョンの中で配信できたのは一回だけで。それであの、ジョゼ三世さんに聞いてみたいことがあるんです」

「な、なぁ、何かな~?」


 ──う。うまく舌が回らない。まるで真なる神の似姿をはじめて宗主様に見せてもらったときみたいな、胸の高鳴りまで、する。ああ、もう……


 ギュッと心臓の上を掴み、ガクガクする足でなんとか立ち続けるジョゼ三世。


「黒き黒、って何ですか? あの、ジョゼ三世さん、大丈夫ですか? 顔色が」

「だい、じょうぶよ~。それで、興味あるのかな。実はね、いいものがあるんだよ~。君だけにと、くべ、つに見せて……」


 ──なんとか教主様に言われたことだけでも。お借りしたスマホを取り出して、画像を。この娘を『啓蒙』しないと……


 スマホを片手にしたところでついに膝をついてしまうジョゼ三世。

 とっさに目の前の少女が体を支えてくれる。

 その腕の宝物らしき金色に輝くブレスレットがその瞬間、いっそう輝きをます。


「あ、ありがとう。これを見て~?」

「何ですか? 溶けたプラスチックみたいですけど」

「えっ、あ。──あはは。──あははは」


 思わずその場でうずくまり笑い声をあげてしまうジョゼ三世。少女に対してこうべを垂れているその姿勢は心底楽だった。まるでその隷属の姿勢が、自分のあるべき姿かのように感じるジョゼ三世だった。


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