第58話 噂話

「おはよ、ユウト」

「おう。早川もおはよう」

「なんか機嫌良さそう。良いことでもあった?」


 机の横にたって、覗きこむようにして俺の顔を見ながら、早川が話しかけてく。


「うん、そうかな。最近ちょっと新しい趣味にはまってさ」


 いつもの朝。教室で早川とかわす、とりとめのない雑談だ。


「お、いいね。どんな趣味?」

「──笑うなよ」

「笑わないって」

「その、ハンドメイドみたいなものをしててさ。いや、本当に簡単なものなんだが」

「へぇ。笑わないけど、意外かも」

「ちょっと押し花で、しおりをつくる機会があってさ。それが思いの外面白かったんだわ。……だから笑うなって」


 笑い声は出ていないが、めちゃくちゃ笑顔でこちらを見ている早川。


「え、ああ。ごめんごめん。なんか微笑ましいなって」


 自分でも笑顔を浮かべていたことに気づいていなかった様子だ。


「たく……」

「だからごめんって。あ、そうだ今日お弁当ちょっと作りすぎちゃったんだ。お詫びに余った分あげるからさ。一緒にお昼、食べよう?」

「──食べる」


 重々しく頷いて、俺は早川の謝罪を受ける。食べ物の誘惑の前には、俺の趣味が笑われたなんて、些細なことだ。


 授業の開始を告げるチャイムが鳴った。


 ◇◆


「はいこれ」


 二つあるお弁当箱の大きい方を手渡してくる早川。


「いただきます」


 俺がお弁当箱の蓋を開けると、肉を中心に、彩り華やかなおかずが、詰められていた。


「すごいな。いいのかこれ。本当にもらっちゃって」

「いいのいいの」

「じゃあ、ありがたく」


 俺はさっそく箸をつける。


「相変わらずうまいな」

「うん」


 食べながら、俺は早川とまた、とりとめのない話をする。赤8ダンジョンの跡地への大学の誘致は順調らしい。俺たちが受験するタイミングに間に合いそうだと、早川は父親から聞いたそうだ。


 ──あー。なかなかインパクトがあったな。早川の親御さん。


 かわりに俺は、隣の家の緑川さんが白い子猫を飼い始めた話をする。名前はヴァイスとつけたらしい。


 一度見せてもらったが、ずっと緑川さんの腕のなかでゴロゴロしていて、とても可愛らしかった。俺が近づくと、そのアメジスト色の瞳でじっとこちらを見ていた。


 ──大人しい感じの子猫だったな


 早川からもらったお弁当を食べ終わり、自分で作った方に取りかかろうとしたところで、早川がぽつりと呟く。


「そういえばさ、ユウト。ネットの噂なんだけど。──『黒き黒』って、聞いたことある?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る