第57話 side 緑川 4
辺りを見回すと長老会の二人と江嶋の姿がない。
──たぶん双竜寺課長が避難させたんでしょう。
そこまで考えて、緑川は目黒と加藤先輩の方を見る。
加藤先輩は、その手に何も持っていない。
目黒は不思議なことにその手に真っ白なスーツケースを持っていた。
そこまで確認したところで、緑川は今あった事を手短に双竜寺へ報告する。
「課長。課長からは私たちはどう見えていました?」
「しおりから溢れでた魔素に包まれたあと、完全に姿が消えていた。そのまま数分後に、同時に三人とも突然元いた場所に現れている」
淡々と告げる双竜寺。
「加藤も、報告を」
「はい。流れは緑川と同一です。ただ、俺が許諾をもらったのは──」
言うのを一瞬ためらう加藤。しかし覚悟を決めたように口を開く。
「ユニークスキル『
「ええ! 加藤先輩もユニークスキルホルダーです? おめでとうございますです」
驚き、そしてすぐさまお祝いの言葉を伝える目黒。しかし、自身もユニークスキルを持つ緑川は、これから襲いかかるであろう加藤の苦労と困難を思い、素直に祝えなかった。
そこまで考えたところで、ここ数週間の溜まった疲れが、じんわりとにじみ出てくるかのような感覚に襲われる。
緑川がこっそりとため息をついたところで、腕の中の子猫が身動ぎする。
「なーご」
一鳴きすると、チロチロと舌を出して緑川の指先を子猫が舐める。
「ふふ。くすぐったい」
思わず呟いてしまう緑川。そしてすぐに気がつく。体の芯にこびりつくように感じていた疲労感がスッと消えているのだ。
それだけではない。黒々とした目の下のクマが、薄くなっている。
「これ、君が?」
「な~」
まるで、そうだよと返事をするかのように鳴く子猫。
そのまま再び子猫は緑川の指先をなめようとする。
しかし緑川はとっさにそれを止める。
「もう、大丈夫よ。ありがとう」
「な~な~」
最初の時に比べて、子猫の動きが鈍くなっていたことに、気がついてしまったのだ。そして今もぐったりした様子で緑川の腕に身を任せると、そのまま眠ってしまう子猫。
気がつけば、その場にいたダンジョン公社の面々が皆、緑川たちのことを見ていた。
「……邪魔してしまって申し訳ありません」
「いや、問題ない。その子猫の力は、本物のようだな。顔色がいい。子猫の様子は?」
「あまり、良くない、みたいです」
腕のなかを覗きこんで緑川は伝える。子猫の呼吸が少しだけ荒いようなのだ。
「そうか。大切に、な」
「はい、そうします」
緑川はそっとその背中を優しく撫でる。少しでも穏やかに眠れるように。
──この子の名前、何にしよう。真っ白だからヴァイス、とかどうかな。
双竜寺が緑川から目黒の方に視線を向ける。
「最後に、目黒。報告を頼む」
「はいです。僕の許諾をもらったのは、これでした」
そういって目黒は手にした純白のスーツケースを開けた。
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