第56話 side 緑川 3

 ユウトのものらしき魔素に包まれた次の瞬間、緑川は気がつけば真っ白な空間にいた。


「ここは……?」

「ようこそ」

「っ!」


 背後をふりかえると、そこには一人の女性がいた。

 その面立ちは、クロや早川とどこか似ている。


「貴女は、どなたかしら」


 警戒感をできるだけ表に出さないように、穏やかに問いかける緑川。


「私は『進化律』。その写し身の一。許諾を授けるもの。あなたの手にした、その可能性により現れました」


 そういって、『進化律』と名乗った女性は緑川の手を指差す。その指差す先は、ユウトからもらった、しおり。


「さあ、選択を。『万象の書』です。許諾を求める頁に、しおりを」


 そういって両手の平を合わせる『進化律』。すると次の瞬間、緑川の目の前に一冊の本が浮かんでいた。


「これは?」

「あなたが許諾を得られる項が開きます。さあ。時は有限。可能性が消え去る前に」


 警戒をしながらも、急いで目の前に浮かんだ本を手に取る緑川。


 緑川からすれば、その話す内容の真偽も、名乗った名すらも本物かは定かではない。しかし相手が、圧倒的な存在であるのは、間違いない。

 もし害意があるのなら、こんなまどろっこしい事をせずに、すぐにでも自分を殺せる存在なのだとわかってしまう。


 ──であるなら、ここは言うとおりにするのがベスト。『進化律』か。彼女が私に『不運』をくれた存在、なのかしら?


 手にした本をめくろうとしながら、そんなことを考える緑川。


「……二ページしか開くところがないわ」

「それが、あなたの可能性です」

「──いやな可能性ね」


 一つめは武具だ。ハルバードのように見える絵が書かれている。ページに説明は一切なし。ただ緑川は探索者時代もハルバードを使ったことがなかった。


 ──言うことを信じるなら、この武具を選ぶことで、今後、戦いに身を置く可能性が高まる気がする。……それは、果たして良き隣人といえるかしら。


 そしてもう一つのページ。そこには、真っ白な子猫の絵が描かれていた。アメジスト色の瞳が美しい。


 ──ただの猫、とは到底、思えない。でもまあ、こっちの方が良き隣人っぽいわね。


 緑川は手にしたしおりをそのページに挟むと本を閉じる。


「選択されしは、『やみ猫』。その存在はあなたの疲労を吸いとり、肩代わりしてくれる。しかし気をつけなさい。蓄積させ過ぎた疲労は『やみ猫』を病ませ、やがて死なすでしょう。あなたの選択に許諾を」


『進化律』が再び手を合わせる。すると、本から光が溢れだす。

 眩しさにとっさに目を閉じる緑川。


 次の瞬間、緑川は元いた会議の場に戻っていた。

 その腕に、真っ白な子猫を抱いて。

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